Last Update : 2010/7/5
| マリリン・モンロー/Marilyn Monroe (1926年6月1日・アメリカ・ロサンゼルス生まれ) (1962年8月5日・アメリカ・ロサンゼルスにて死去、享年36) |
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本名はノーマ・ジーン・モーテンセン。身長は166cm。私生児として生まれ里親を転々とし、孤児院で育つという不遇の幼少時代を過ごす。18歳の頃からモデルとして働き、20歳の頃芸能事務所と契約、髪をブロンドに染める。1947年に端役で映画デビュー。1952年の『ナイアガラ』で見せた“モンロー・ウォーク”が評判を呼び、一躍アメリカのセックス・シンボルとなる。1955年の『七年目の浮気』では地下鉄の通風孔でスカートが吹きあがる伝説のシーンを生み、ビリー・ワイルダー監督との出会いで女優としてもステップアップ。ニューヨークのアクターズ・スタジオに入り、演技を学ぶ。1959年の『お熱いのがお好き』では再びワイルダー監督と組み大ヒットとなった。1962年8月、30作目となる『女房は生きていた』の製作中、自宅のベッドで死体となって発見された。死因は睡眠薬の飲みすぎと発表されたが、疑惑をよんだ。彼女が精神的に病んでいたのは事実で、教養不足から仕事に自信をなくし、撮影に遅刻することもしばしばで、監督や共演者とのトラブルが絶えなかった。 プライベートでは、16歳で結婚するが20歳で離婚。1954年に野球選手のジョー・ディマジオと再婚するが、同年末に破局。1956年には劇作家アーサー・ミラーと再婚するが流産などを経験し、1960年に離婚。男側からの一方的なイメージによって作り上げられた、セックス・シンボルという名の虚像に悩み、極度の寂しがり屋でもあった彼女には恋の噂が絶えなかった。 |
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