Last Update : 2008/2/4
| グレース・ケリー/Grace Kelly (1929年11月12日・アメリカ・ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ) (1982年9月14日・モナコ・モナコヴィルにて死去、享年52) |
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身長は170cm。アイルランド系の建築業者でフィラデルフィアの名士だった父親と、ドイツ系で元モデルの母親との間に4人兄妹の次女として生まれる。幼い頃からダンス、バレエなどを習い、18歳の時に女優を志してニューヨークへ渡り、アメリカ演劇アカデミーに入学。1951年の『14時間』で映画デビュー。1952年の『真昼の決闘』ではヒロイン役に抜擢。ゲーリー・クーパーとの共演で一躍脚光を集める。また、映画の出演と共に、ニューヨークの舞台でその演技に磨きをかけた。1954年のアルフレッド・ヒッチコック作品『ダイヤルMを廻せ!』、『裏窓』ではその高貴な美しさが話題となり、同年の『喝采』ではアカデミー主演女優賞を受賞。1955年のカンヌ映画祭でモナコ大公レーニエ三世と出会い、1956年4月18日に結婚。世界中を沸かせた。レーニエ大公の希望により以降は映画界を引退、再三の出演オファー(特にヒッチコックがご執心だったようだ)にも応じなかった。 フランス語の喋れなかった彼女は初めのうちは疎外感を感じ、モナコの人々と打ち解けるには何年もかかった。やがて3人の子供に恵まれ、芸術や文化の発展に尽力するなどモナコ王妃として充実した日々をおくっていたが、1982年9月14日、モナコ市内で娘のステファニーとドライブの途中、ハンドル操作を誤って事故を起こし帰らぬ人となってしまった。 女優としての実働期間はわずか5年と短いが、その溢れる気品と確かな演技力で、公私ともに真のプリンセスだった。今でも「映画史上最もエレガントな女性」に推す声は多い。 |
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