2003/12/3(水) 新潟テルサ
“100% FAN FUN FAN 2003”(ファンクラブイベント)
第2章・ビデオ


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 Special Film "Shogo News"

流れていた「BE MY BABY」がフェードアウトし、会場が暗くなる。
そして、スクリーンを覆っていた幕(スクリーンだった)に映像が映し出されます。
青い背景に「Shogo Hamada」の字が踊る。
白い背景に「100% FAN FUN FAN!」という声と一緒に字が踊る。
この2パターンは、フィルム中に何度か見られました。

最初に映し出されたのは、浜田さん。
砂浜でスタッフと一緒にいる映像だったと思います。

「ファンクラブイベント「100% FAN FUN FAN」にようこそ。
 えー、僕は今、江ノ島の片瀬海岸というところにいます。
今日は最後まで楽しんでいってください」

このコメント、実は遊びだったようです。
撮影されたのは実際にはメキソコの海岸らしいです。見事にひっかかっちゃった!

次に映し出されたのは、ニュース番組風のセットで、キャスター風に新川さんと中西さん。
二人ともキャスター役ということでなのか、シックなスーツに身を包んでいる。
(新川さんは浜田さんのマネージャー、中西さんはファンクラブスタッフの女性です)
新川「正午(省吾)のニュースです」
思わぬ出だしに、会場は大爆笑(笑)つかみはオッケーでした!
前回はステージソデでの生の司会で、アタフタした場面もあったからか、今回はフィルムでの司会。
新川「今回は浜田省吾さんをゲストにお迎えして、いろいろとお話を伺いたいと思います」

場面はかわって、応接室みたいなセット。壁には今回のイベントのポスターが貼られている。
テーブルの上には、2001年夏にリリースされたDVDが置かれている。
左のソファーには新川さんと中西さん、中央のソファにはゲストの浜田さん。
新川「ようこそお越しくださいました」
浜田「お招きいただきありがとうございます」
アーティストとマネージャーじゃなく、ニュースのゲストという設定。
マジメながらも、どこかくだけた雰囲気で三者ともちょっと不思議な空気。
新川「現在はツアーをしておられないわけですが、その間にこのようなイベントをしようと思われたのは・・・」
浜田「2001年の1月の武道館で長いツアーを終えて、DVDを作って、今年はアルバム『初秋』を作って。
 その間というのはステージをやっていなかったわけですね。来年は新しいアルバムを作る予定なのでツアーも
 やれるかわからないし、それだけ長い間みんなに会えないということになってしまうので。それなら、せめて
 ファンクラブのみんなにだけでもステージを観てもらいたいということで、今回のイベントをやることになったんです」

新川「なるほど。それではまず、インターネットライブのことについて聞かせてください」
浜田「あれはたしか、2001年の7月31日でしたね。ツアーが終わってから随分経ってたし、バンドのメンバーのみんなと
 久しぶりに会う同窓会みたいな感じでしたね。心配だったのが、みんな曲を覚えてくれているかどうかということ。
 みんなそれぞれに日本を代表する素晴らしいプレイヤーだし、その間も様々な曲を演奏しているわけですからね。
 リハーサルの時は一応譜面は用意していたんですが、みんなちゃんと覚えていてくれて。譜面は必要なかったですね。
 「ああ、みんな俺の曲覚えてくれてるんだ」と嬉しかったですね」

中西「インターネットだけのためのライブプログラムというのは世界初ということと、2001名限定ということで
 いろいろ大変だったみたいですが」

浜田「そうですね。僕自身初めての試みだったので様子もわからないし、どうなんだと思ったんですが。
 最初は懐疑的だったんですが、ひとつの実験みたいなつもりでやりました。ソニーのスタッフに聞いたところ
 現在のインフラでは回線の安定に2000人ぐらいが限界だろうということで、あの人数になりました」

新川「浜田さんはダジャレが大変お好きとお聞きしたんですが、それでその人数に?」
浜田「いや、あれは僕が決めたんじゃなくて、スタッフがツアータイトルにかけて決めたんですよ・・・」
新川「そうなんですか」
浜田「そうなんですよ(笑)誰からそんなことを聞いたんですか(笑)」
新川「いや、マネージャーの方からかなりダジャレが好きだと・・・」
浜田「そんなこと、ないですよ。ないですよね・・・ね?(笑)」
カメラ目線で、照れたような笑顔。
浜田さんが会報のインタビューなどでサムイダジャレを連発していることはファンクラブ会員には承知(笑)
新川「それではここで、そのライブの様子を、ご覧になれなかった方のためにも紹介していただきたいんですが」
浜田「はい。では、そのライブの中から1曲聞いてください。「朝からごきげん」。」

インターネットライブの映像から、「朝からごきげん」。
ちなみに、インタビューの間にも映像が何度か切り替わり、インターネットライブの様子が少しずつ映されました。

再び、ソファーでの対談セット。テーブルの上にはグッズのカレンダーが置かれている。
新川「それでは次に、来年のカレンダーについてお聞きしたいんですが」
浜田「これはですね、毎年アートディレクターの田島さんがデザインしてくれているものですが、僕の場合は
 ほとんどメディアには出ないし、このカレンダーというのは僕にとってひとつの表現、作品なんですね。
 だから毎年、かなり力を入れて作っているんですよ。会報用の写真の撮影も兼ねて訪れた場所での写真もあるし、
 カレンダーの写真のために訪れた場所もありますね」

新川「今回はヨーロッパの風景、初めてのラスベガス、国内といろいろ撮影されてますね」
浜田「そうですね。カレンダーというものですから、やはり季節感が大切だと。そういう意味で、四季の美しい景色を
 届けたい。写真というのは、光ですから。メキシコの海岸は、とても美しいですよね。あと、光という意味で、ちょっと
 いつもとは違う感じでラスベガスがいいんじゃないかと。夜の光が最も輝いている場所ですからね。そういうことで、
 僕のほうからはメキシコとネバダ州という要望を出しました。とにかく、予算のあることですから」

新川「そうですね(笑)」
浜田「限られた予算との相談で(笑)ラスベガスでは慌しい日程でしたが、楽しかったですね。郊外のダムや、カーレース場を
 訪れたりして」

ここで、ラスベガスでのフィルムが少し流れました。
珍しいタキシード姿の省吾。以下のコメントは夜のラスベガスから。
浜田「今ね、写真を撮影してたらタクシーの運転手に「Smile!」とか言われちゃったよ〜(笑)
 俺ね、ダメなんだよね。どうしても写真を撮るとき、硬くなってしまうんだよね。それは、小さい時のトラウマがあるから。
 小学生の頃だったかな。オヤジが一眼レフのカメラを買って、嬉しそうに撮るわけ。「省吾!笑えよ!」って言いながら。
 それ以来、写真嫌いの子供になってしまって、旅行の写真とかでもいつも逃げてたんだよね。だから小さい時のアルバムには
 俺の写真はあまり映っていない。それが今では、こんなふうに写真を撮られる仕事を選んでしまったんだから皮肉だよね(笑)

映像は再び、ソファーでの対談セット。
新川「ヨーロッパについてはいかがですか?」
浜田「イギリスとフランスのパリですね。アルバム『初秋』の製作作業のために、前回の『SAVE OUR SHIP』同様
 イギリスを訪れたんです。『初秋』は星勝さんにアレンジをお願いしてレコーディングしたんですが、その音を
 マスタリングする作業は、やはりサイモン・オズボーンがいいだろうと。彼はアコースティックな音の編集には
 とても素晴らしい才能を持った人ですからね。前回はアルバムの半分でしたが、今回は全部を彼にお願いしました。
 パリに関しては、当初、レコーディングを何曲かする予定だったんですね。というのも、音や声というのは生き物ですから
 環境によって大きく変わるんですね。毎日暮らしてる東京で歌うのと、新鮮な場所で歌うのとでは違うわけです。
 ですが、日本でスムーズに全てのレコーディングが終わってしまったので、その必要がなくなった。
 予定があいてしまったんですね。でもせっかくだからということで、イギリスに行く途中でパリに寄りました。
 前から一度行ってみたかった街だし、とてもいい経験でしたね。あと、向こうには仲のいいカメラマンの友達がいて、
 彼と一度仕事をしてみたいというのもありました」

この間も、楽しげにイギリスやパリの街角で写真を撮影している様子が映されている。

この「友人のカメラマン」の話は、アメリカか、どこか他の土地でだったかもしれません。

映像は再び、ソファーでの対談セット。
新川「国内の写真については?」
浜田「これがねー、大変だったんですよ(笑)会報の写真撮影を兼ねて訪れた長野山中。マイナス15度で撮影したんだから」
新川「ほんと寒かったですね」
浜田「あれ?なんで知ってるの?(笑)」
新川「い、いや。マネージャーの方から聞きまして(笑)

映像はかわって、長野山中での撮影風景。以下のコメントは真冬の長野から。
木の下あたりで撮影をしていると、雪がドササーッと落ちてきて、慌てて逃げる省吾とスタッフ。
笑いや悲鳴の中、深い雪の中を逃げ惑う。
だめだぁ!コメント、ここで撮ろう!という省吾の声。
笑いの止まらないスタッフの声を、口に手をあててシーッと制する省吾。
浜田「えー、今日は2003年1月15日。今年最初の仕事です。長野の山の中に来ています。寒いです。外気は零下7度です。
 3週間前(厳密には2週間前)に50歳になりました」

雪の中を走りながら
浜田「とても50歳には見えないだろ〜?(笑)」
もうちょっと内容あったと思うんだけど・・・忘れちゃいました。

映像は再び、ソファーでの対談セットに戻って、寒かった話で盛りあがりました。
新川「今回のカレンダーでは、マネージャーの方も撮影してるそうですね」
浜田「そうですね。いつもはプロの方に撮ってもらうんですが、今回はありのままの姿を撮ってもらおうということで。
 それには、一番身近なマネージャーがいいんじゃないかということで、彼に打診してみたんですよ。そうしたら、
 「えー、僕ですか?ムリですよ」とか言いながら、だんだんノってきて。

新川「そうなんですか(笑)」
浜田「そのうち、「そこに立ってください」とか注文までつけるようになって。さらに生意気にも、いろいろポーズをとらせたりも
 するようになって(笑)」

新川「あはははは(笑)」
浜田「大変でしたよ(笑)」
新川「その写真の出来映えというのは・・・いかがでしたか?」
浜田「まぁ、よく撮れてたと思いますよ(笑)」
新川さん、手元にカレンダー(壁掛けタイプ)を持ち、表紙を指差しながら
新川「実はこの写真もそうなんですよね」
なんと!そうだったんだ〜。田島さんによる加工が加えられているんだろうけど、いい写真だ。
新川「それではここで一旦CMです」

CMという意味だろうけど、時々、前述の2パターンの映像と、プロモーションビデオの映像がちょっとずつ流れた。
『モノクロームの虹』とか『LOVE HAS NO PRIDE』とか、『History of Shogo Hamada』とか。
ここで流れたのは、ゲーム『OVER THE MONOCHROME RAINBOW』のCM映像。

映像は再び、ソファーでの対談セット。
新川「次は、ゲームのことについて聞かせてください。まさか浜田さんがゲームになるとは思いませんでした」
浜田「これはですね、キーボードの福田くんが、アリーナツアーのリハーサルの時だったかな。分厚い企画書を持ってきまして。
 やらせてみてくれないかと言うんで、ぜひやってみたらと言ったんですね」

新川「アフレコもご自分でやられてますよね」
浜田「他の登場人物はみんな、その道のプロの方々がやってらしたんですが、浜田省吾の声を本人がやらないのは
 おかしいだろうということになって、福ちゃんから頼まれて。福ちゃんの頼みなら、と快く引き受けました。実際やってみると、
 難しいものですね。映像に合わせて喋るというのは難しい。まだアニメもラフな段階だったし。いろいろとご指導頂きながら
 だったんですが、とても楽しい体験でしたね。その後から、アニメーションを見るたびに、あんなふうにアフレコをしてるんだなぁ
 という風景が頭に浮かぶようになりましたから」

新川「次は、曲作りについて聞かせてください」
浜田「1996年に「ON THE ROAD 2001」の構想をして、それからシングルをたくさん出して、1990年代のアルバムをリメイクや
 リマスタリングして、1999年には野外もやりましたし、ファンクラブイベントもやったし、2000年にはホールツアーを終えて、
 2001年にはアルバム『SAVE OUR SHIP』をつくって、アリーナツアーをやって。2001年にはDVDを2作品作って。
 そして50歳になったわけですが、目一杯やれることはやった、という感じなんですね。そこで一度、ゼロに戻ってみようと。
 いい曲を書いて、アルバムを作って、またツアーに出る。そういう原点に戻ろうと思ったんですね。

新川「そして、バラードアルバム『初秋』をリリースされましたね」
浜田「前から作りたいと思ってたんですね、40代のバラードアルバムは。過去の3部作の次にくるアルバムとして、そろそろ
 作ってもいい時期に来たかな、と。バラードアルバムは4部作のつもりですが、もし60歳になっても現役でやれていたら、
 もしかしたら次もあるのかもしれませんけど(笑)」

新川「先行シングルとして「君に捧げる love song」がリリースされました」
浜田「過去の3部作では新曲を入れてなかったんですが、今回は入れました。別にそういうこだわりもなかったし。
 とにかく一度録ってみようということでレコーディングをして、今回のアルバムを考えた時に、この曲を1曲目においてみたら
 アルバム全体をシンボライズするのにいいバランスがとれると思ったので、入れてみました」

海辺の出窓のようなところで弾き語りをする風景が映し出される。
♪もう行かなきゃと手を振る 君の後姿を見送って ここで強〜く生きてく・・・
「強く」のあたりが、ちょっと音の感じが違う。
浜田「えー、今の曲は新しい曲で、まだタイトルは未定ですが、シンプルに「君に捧げる love song」とつけようかと思ってます。
 みんながこの映像を見ている頃には、もうレコーディングを終えて、発売されていると思いますけど」

こういう映像は、もっともっと早く見たいよ!
ほんとに、もう。「貯めて出し」なんだから(笑)

映像は再び、ソファーでの対談セット。
新川「この曲のプロモーシヨンフィルムには、女優の石田ゆり子さんが出演されていますね」
浜田「石田ゆり子さんを紹介してくれたのは、田島さんなんですよ。彼が今回の曲を聞いたときに、「石田ゆり子さんのイメージだ」と
 言っていて。あと、最近のプロモーションフィルムは、過激になっていますよね。女性にはどんどんセクシーなものを要求されて。
 そういうのじゃなく、もっと女性の本来持っている美しさとか、日本の女性の美しさみたいのを出したいと思った。そう思ったときに
 石田ゆり子さんにお願いしてみようかということになったんですね。フィルムの撮影は2日間で慌しいものだったんですが、
 撮影監督の板屋君のおかげでとてもいいものになりましたね」

新川「それでは最後に、そのフィルムのメイキング映像をご覧頂きましょう」
浜田「ありがとうございました」
新川・中西「ありがとうございました」

「君に捧げる love song」プロモーションフィルムのメイキングビデオ。
石田ゆり子さんや共演の子供たち、スタッフと楽しげに話している省吾。

そして、そのビデオが終わった瞬間、ステージの幕が上がる!
そこにいるのは紛れもない浜田省吾。久しぶりに見る省吾本人だ・・・!
演奏は、CDのままの前奏で「君に捧げる love song」。
そうか、そういう流れの演出なんだ!

いよいよコンサート本編が始まった!

第3章へ続く


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