
2025/11/22(土) 浜松アクトシティ ライブレポート
ライブ本編(前半)
ステージ後方に、セットというか、黒い枠のようなフレームがありました。

公式サイトより、掲載OKの写真を流用
真っ暗だと気にならないんですが、全体映像の時はその枠だけ黒くなってたのでおやっと思ったんですよね。
左右の3×3マスが窓枠のようでもあるかな。
それぞれに独立した映像も映せるし、一枚の大きな景色も映し出せる。
(アンコールの時は東京の夕景が映されていたりとか)
そのフレームのところには小さい照明もたくさんついていて、ピンスポットライトのような役割もしていました。
オープニングは、その真ん中の四角いビジョンだけが映像を映し出していました。
砂漠の真ん中を手前から奥に向かってまっすぐに伸びる道路。
その中心に、旅するソングライター(浜田省吾)の背中が見える。
BGMは「旅するソングライター」のアコースティックバージョン。
アコギの軽快なリズムにあわせて、旅人が振り返る。
♪君の歌が聞こえてくる 心のいちばん綺麗なとこから
♪俺の声は届いているか
ここでいったんブレイク。その間隙に、場内から大きな拍手と歓声!
この瞬間、ほんとうまいなぁ。
景色は砂漠からビル街に。アルバム『Journey of a Songwriter』のタイトルモチーフかな。
いろんな風景を旅しながら、ソングライターが口ずさむ。
ブレイクの後は楽しい感じで曲が流れて、場内は手拍子でメンバーの登場を待ちました。
曲が終わり、影の中メンバーが登場してきて大きな拍手が!
1.光と影の季節
ON THE ROAD 2022 "Welcome Back to The Rock Show “EVE”"以来の演奏
※2024年のライブレポートで掲載した「その曲がいつのライブ以来の演奏なのか」が意外と好評だったので、今回も載せてみます。
ちなみに出典元は「Sunny's Day」のデータなので、あくまでも参考程度であることをご了承ください。
ギターのリフからシンプルに始まる演奏。そこに重なってくる古村さんのサックス。
このオープニングいいね!高揚感があって、一気にボルテージが上がります。
「君に会いたくて戻ってきたよ」と言われたら、もう。嬉しいに決まってるじゃないですか。
たとえそれが2000人のオーディエンスに等しく向けられた声だとしても、一人一人が各自で受け取れば
それはもう一対一ってことになるわけだからね。
僕の席は2階席の一番前だったので、物理的に遮るものが全く無くステージ全体が見えました。
足元の手すりは少し低め(膝ぐらいまで)だったけど「立つのは禁止」ではなくて「立つなら気を付けて」と注意書きが。
省吾のライブをずっと座ったまま観るなんてありえないからね(笑)
ありがたかったです。
最新アルバム(といっても10年前のリリース)からの1曲。
この幕開けということは、僕の好きな2000年代以降の曲がこの後も続くのか!?
…と思ったものの、全然そんなことなかったのはセットリストをご参照ください。
新しめの曲は、他の公演で日替わりでいろいろやってたみたいですね。
ちなみに省吾の衣装ですが、白めのシャツ(長袖を腕まくり?)に、細かい黒のドットが入っているようなもの。
下は黒いズボンだったかな。
(ファンクラブ会員の方は会報No.253 P11の下の写真を参照)
2.HELLO ROCK & ROLL CITY
ON THE ROAD 2022 "Welcome Back to The Rock Show “EVE”"以来の演奏
続けてこの曲。やっぱり「ON THE ROAD」ではこれを聞きたいよね。
僕が浜松に住んでまだ半年だけど、「ハロー浜松シティ」と言われるとやっぱり嬉しい。
遠征先(ビジター)で聞くのと、住んでる街(ホーム)で聞くのでは全然嬉しさが違うよね。
“ホーム”で僕がこの曲を聞くのは2007年4月の富山以来18年ぶり。
地方に住んでる人間はどうしても遠征が多くなる(地元にはなかなか来てくれない)から
そういう気持ちに共感してくれる人、けっこういるんじゃないかな?
「ハロー浜松!今夜気分はどうだい!?」Yeaaaah!
2曲が終わり、短めのMC。
「ON THE ROAD 2025-2026」へようこそ!
今日はこんなにたくさんの人が集まってくれて嬉しいです。
どうか最後までよろしく!
3.今夜こそ
ON THE ROAD 2022 "Welcome Back to The Rock Show “EVE”"以来の演奏
最近はけっこう定番になりつつあって演奏回数も多いけど、何度聞いても好きな曲です。
サビの手拍子とか、すごく一体感がある曲ですよね。
前述してますが、今日は収録が入っていました。
しかも、大きなテレビカメラだけではなく、「スマホを持ったスタッフ」が大勢いました。
上から見てたらけっこう見えるんですよね。
しかも、1列目ど真ん中の席の人の前とかにいる。…あれはちよっとないかなぁ。
1列目真ん中が当たった人は「すごい席が当たった!」と思っていたはずなのに。
通常ならその人の前に誰かが来ることはないわけだからね。
スマホをかまえたスタッフが、1列目の人の前の通路にガッツリいるから、かなり邪魔だったと思うんだよね。
画面も明るいから、上から見ていても気になるし。
1列目の人が、どうしてスマホの画面越しに観なきゃならんのか、と気の毒に思うよね。
1列目の左右端っこのあたりにもいたけど、その人たちは自撮り棒みたいなのを持ってたように見えました。
その人たちが撮った「近距離」の映像がステージ背景のスクリーンに映ったり、のちのリリース映像にも使われるのかもしれないけど
もうちょっとやり方がなかったのかな、と思ってしまいました。
4.勝利への道
ON THE ROAD 2011 "THE LAST WEEKEND"以来の演奏
サックスのイントロが流れた瞬間嬉しさが爆発しました。すごく好きな曲なので聞けてうれしかったです。
この曲というと、どうしても1999年の野外ライブの時の印象が強いんですよね。
原曲よりかなりテンポが速くなっていて、ものすごく疾走感があって。あのテイクがすごく好きです。
ちなみに「2011」のツアーは映像化されていますが、日替わり曲の「反抗期」が収録され、「勝利への道」は未収録でした。
野外ライブのテイクはDVD-BOX『ON THE ROAD 2001』や『WE ARE STILL ON THE ROAD』に収録されています。
このあたりで少し腰をかけてください。
そう言われて「やった〜」と思ってる人たち、あなたたちのために、真ん中に休憩もとりますので。
浜松でライブをやるのは2001年の浜松アリーナ以来、24年ぶり。
このホールでやるのは1999年12月以来27年ぶりなんだよね。
気になったので、浜松で初めてやった日も調べたんだよ。
1975年(と聞こえたような?)、イケヤというレコード屋でやったみたい。
その頃は町支も一緒にやってたと思うんだけど…どういう感じだったかはさすがに覚えていません(笑)
<マニアな考察>
※「1975年」と聞こえた気がしましたが、1979年の聞き間違いかも。
ソロとしてのデビューは1976年4月の「渋谷屋根裏」と公式記録にあるので、デビューする前の「地方営業」みたいなものだったのかな?
「Sunny's Day」で1970年代の記録を調べましたが、1979年8月1日に「浜松イケヤ楽器ホール」という公演が見つかりました。
それのことだとすると、少し前にアルバム『MIND SCREEN』やシングル「風を感じて」をリリースしているので
さすがにもうライブもバンドスタイルだと思うし、二人だけでの営業という感じではなさそう。
今日は長くオレのライブに来てくれている人から、初めて来たよっていう若い人まで年齢層はバラバラだけど…
早速アレ、やってみる?
といって「年代別調査」をやりました。
10代・10歳未満の人たちには「おじいちゃんとかおばあちゃんの影響だね?」
20〜40代の人たちには「まだまだ若者だね」
僕も手を挙げた50代から人数が多くて、60代が一番多かったかな。
「町支君と同年代の70代以上の方」もチラホラ。
今日はどういう人たちが来てくれているのか、よ〜くわかりました。
今日は少し長いライブになるので、それぞれの体調や気分にあわせて、最後まで楽しんでいってください。
5.悲しみは雪のように
ON THE ROAD 2023 "Welcome back to The Rock Show youth in the "JUKEBOX""以来の演奏
背景のスクリーンは水色。青と白のまざりあったような景色で、雪がチラホラと舞っている映像でした。
古村さんのサックスがすごくいい音色を響かせていて心地よかったです。
ライブに全く関係ない個人的な感想ですが…「この曲で浜田省吾を知った」というファンもけっこういると思うんですよね。
僕が彼のことを知ったのはたしか高校2年生の頃で、この曲がテレビドラマで使われるちょっと前のこと。
そこにさらにドラマでのブレイクがきて、一気に好きになっていったという感じでした。
でもこの曲自体は1982年のアルバム『愛の世代の前に』に収録されているので、10年も前の曲だったんだよね。
もしドラマで使われていなかったら、今とはだいぶ違ったアーティスト像が描かれていたかもしれないね。
70歳を超えた今も第一線でバリバリ活躍しているけど、もしかしたらその規模感も違ったものになっていたのかも。
この曲自体も「アルバムの中の隠れた名曲」みたいな扱いのままだったかもしれないし。
運命というかめぐり合わせだから、想像しても意味のないことではあるんだけど
僕にとって省吾の音楽は人生の中でものすごく大きな意味を持つ存在だし、あのドラマの存在もやっぱり大きかったのかなと思うんですよね。
もちろん今では、1986年のアルバム『J.BOY』でチャートの1位をとったことや
毎年のコンサートツアーで大きな動員を記録していたことも知っているけどね。
何が言いたいかというと、知ったキッカケやハマったキッカケは人それぞれだし、いろんな形があっていいんじゃないかということ。
そんなことを漠然と思いながら聞き入っていました。
僕にとって「ものすごく大好きな曲」ではないけど、「とても大切な曲」であることは間違いないので。
少し他愛のない話をしてもいいですか?
別にたいそうな話とか、笑いをとろうとか、そういうわけじゃないんですが…
SNSとか配信動画とか、最近それらを見てると、年をいった人の「やってはいけない行動」とか出てくるわけです。
昔話をしない。自慢話をしない。
ひとつひとつ、確認するように、問いかけるように客席を見る省吾。
客席からは笑いがもれていました(笑)
ということで、過去ではなく、今年の話をします。
2025年はどんな1年だったか。
まず1月は、ファンクラブのコンサートを名古屋でやって、その後にチャリティーのライブをして。
2月は身体のケアをして。
3月はファンクラブの…オレ、なんとファンクラブあるんですよ。すごくない?(ちょっと自慢気に)
ファンクラブの会報の撮影のために沖縄に行ってのんびりして。
あと、オレがプロデュースしてるアーティスト(コーラスの中嶋ユキノさんのことですね)のレコーディングをしたり。
4月はファンクラブコンサートの映像をスタジオでチェックして。
5月はつかの間のオフをとって、アメリカに行って。久しぶりにニューヨークに行ったんですよね。
そしたら「MJ」っていうミュージカルをやってて、マイケル・ジョーダンかな?と思ったらマイケル・ジャクソンのショーで。
まぁどっちにしても、すごくいいものができるのは間違いないと思うんですけどね。
それを見たりしてたら、ニューヨーク・メッツが本拠地のシェイ・スタジアムでロサンゼルス・ドジャースと試合をするのを知って。
シェイ・スタジアムといえば、「アーティストが初めてスタジアムでコンサートをやった場所」なんですよね。
そう、ザ・ビートルズが初めてシェイスタジアムでライブをしたんだよね。
そう言ってベースの美久月さんの方を振り返って見る省吾。
ビートルズ好きの二人がニコニコしあってるのがほほえましかったです。
<補足>
調べてみたら、1965年8月15日にビートルズがシェイ・スタジアムでライブを行ったそうです。
そのコンサートは、「ポピュラー音楽史上初となるスタジアムで行なわれたコンサート」として知られているものの
実際には1956年10月11日にエルヴィス・プレスリーがコットン・ボウルでコンサートを開催しており、
ビートルズ自身も1964年の北米ツアー中にカンザスシティ・ミュニシパル・スタジアムなどでコンサートを開催しているそうです。
これは行くしかないと思ってチケットをとって、地下鉄を2回乗り継いで観に行ったんですよね。
外野席から、「あそこにステージがあったんだな…」とか「ここでビートルズが歌ったのか…」と浸りながら観てたんですが
3回表のドジャースの攻撃中にすごい土砂降りになって。結局途中で帰ってきたんですが
その話を現地の人にしたら「当時のスタジアムはもう取り壊されて、今は隣の駐車場になってます」と聞かされて。
「えっ!そうなの?オレのあの感傷に浸ってた時間はなんだったんだ!」とか思って(笑)
<補足>
当時のシェイ・スタジアムは老朽化により2008年をもって閉場。
その近隣に新球場シティ・フィールドが竣工、2009年4月に開場したため
2009年2月に解体工事が行われて現在跡地はシティ・フィールド駐車場になっているそうです。
また、その「土砂降りの試合」は2025年5月23日(日本時間24日)の試合みたいです。
雨で試合開始が3時間遅れ、途中にも長時間の中断があり、延長戦に突入した試合は日付をまたぎ
ドジャースが延長13回、7-5で勝利した試合のようです。
6月は秋からのこのツアーのステージプランやセットリストの計画を始めて。
7月にはツアーのための写真や映像の撮影で海外に行って。
8月にはツアーのリハーサルを始めて、あわせて身体や声のメンテナンスをしたんですが
病院の先生から「浜田さん、余命何か月です」と言われたとしても「先生大丈夫です。浜松のライブはやります!」と言ってたと思う。
そして9月にツアーが始まり、今日、ここにいます。そんな2025年でした。
では、音楽に戻ります。
「余命○ヵ月」の話は唐突だったし、センシティブな話だと思うので冗談みたいな言い方だったと思うけど
さすがにちょっとドキッとしましたね。
6.片想い
ON THE ROAD 2022 "LIVE at 武道館"以来の演奏
ロングツアーとしてはON THE ROAD 2016 "Journey of a Songwriter since 1976"以来の演奏
武道館のイベントライブ(管理人は不参加)を除き、ツアーのレパートリーとしては2016年以来。
久しぶりだなぁと思ったら、やっぱり10年ぶり。
1980年代からのファンにはすごく人気がある曲だし、きっと今回はリストインするのかなと思っていました。
ツアーが始まる前の「演奏曲大予想」にも入れてましたが、今回はわりといいセンいってたみたいですね。
7.青空のゆくえ
ON THE ROAD 2022 "Welcome Back to The Rock Show “EVE”"以来の演奏
背景のスクリーンには広い青空が。曲が進んでいくにしたがって色調が変わり、夕景になり、最後には星空に。
(完全な夜空ではなく、日没直後のブルーモーメントにいくつか星が瞬いている感じ)
本人のキャリアが晩年に差し掛かりつつあることを暗示しているのかな…。
大好きな曲だったはずなのに…今は聞くたびにすごく切なくなってしまうのは何故なんだろう。
8.マイホームタウン
100% FAN FUN FAN 2019 "Welcome back to The 80's Part-1 ALL FOR RUN"以来の演奏
バラード曲のしっとりした雰囲気から一転、激しいビートが鳴り響く。
客席はみんな座ってたけど、この曲の前奏が始まってからまた立ち上がりました。
この曲の演奏は「100% FAN FUN FAN 2019」以来、通常のツアーとしては「ON THE ROAD 2011」以来。
さすがに、そこまで久しぶりという感じはなかったかな。
この曲といえば、以前は2番の歌詞の一部を変えて歌ってたことも印象的でした。
「積み重ねて ロッカーの中 ファイルすることなんか出来ないさ」というところを
「信号に変え ディスクの中 ファイルすることなんか出来ないさ」と変えて歌っていました。
いまいちシックリ来なかったのか、今では「積み重ねて ロッカーの中…」と原曲のままの歌詞で歌っていました。
あれはたしか「ON THE ROAD 2005」だったかな。映像としてもリリースされているライブですね。
ライブの後にリリースされた映像で歌詞を表示させて、そうなってたのを確認したりしてね。
9.BIG BOY BLUES
ON THE ROAD 2023 "Welcome back to The Rock Show youth in the "JUKEBOX""以来の演奏
10.ON THE ROAD
ON THE ROAD 2023 "Welcome back to The Rock Show youth in the "JUKEBOX""以来の演奏
このあたりはノンストップの、まさに“情熱爆発ゾーン”。
歌って踊って叫んで、思う存分発散して前半のラストを迎えました。
「ON THE ROAD」のスクリーンでは歴代のトラックが疾走する映像が。
ツアータイトルがついた「ON THE ROAD '82」から始まって、いくつか途中を割愛しつつ
ほとんどのツアーの看板トラックが映し出されていました。
でも実際のトラックのデザインとは異なるものもあったりして。
どれどう違うまではさすがにすべてを覚えてはいないけど、明らかに違うと思ったのは
思い入れが大きい「2001」のトラックかな。
<ここからは本編に関わらない、ほぼ独白です>
あと、この時は「'85」というトラックが走っているのを見て「ツアーのない年の幻のやつじゃん」と思ったのですが
後からちゃんと調べると「ON THE ROAD '85」はちゃんと存在してて、初めてツアーがなかった年は「'87」でした。
このネタで打ち上げ宴会の時に盛り上がったのですが、僕の盛大な勘違いでした(笑)
走り書きのメモにも「'85があった」と書いてあるし(笑)
だいぶ衰えたなぁというのを実感…。
あと、前半の曲をすべて思い出せなくて。それもけっこうショックでした。
この後休憩の時に、前半の曲だけをいつもメモに走り書きしておくんですよね。
MCのネタとかも含めて。

実際のメモがコチラ
昔はメモなしでも書いたりしてましたが、最近はさすがにコレがないとレポートは書けません(笑)
前半のセットリスト、トピックを一気に書いておくんですが…
曲数は間違いないんですよ。それだけは常に数えてるので。
曲が始まったときに「今○曲目」と強く思っておくことで、それだけは忘れないので。
(こういうのはレポートを何十回も書いてきた経験のなせるワザですかね)
休憩時間になったらすぐに、1から10まで数字を書いて、覚えてる曲名をそこにあてはめていきます。
ところが…いつもはすぐにすべてがスッと出てくるのに、
3、4、9のあたりで混乱が(笑)
今さっき聞いたばかりなのに、曲名が混迷してる…しかも聞いてない「八月の歌」とか書いてる(苦笑)
このあたり結局その時はわからず、後で宴会の時に「ここの枠なんだっけ」と思い出し合戦(笑)をして
友だちが「BIG BOY BLUES」やってなかったっけ?と思い出してくれて事なきを得たわけです(笑)
こういうのはあまりないので、ちょっとショックでしたね。もうレポ書きも引退かなぁ。
ちなみに右ページは、この後の休憩の映像についてのメモです。
ここでちょっと休憩をとります。また後で。
休憩(The Moonlight Cats Radio Show)
メンバーたちが去ったステージは暗転し、スクリーンには猫ラジオの映像が。
近年の休憩時間はほぼこれですね。
ファンクラブの方にはおなじみですが、浜田省吾本人がDJを務めるラジオ番組の体裁で
お気に入りの曲や映像を紹介するものです。
ただのブランクではなく、「本編ではやらなかった曲たち」の未公開映像を流したりするので
見逃せないものばかりで、休憩になってないじゃんという意見もあると思うのですが(笑)
これはまた後日、映像集に特典として入れてほしいですよね。
J.BOY CLUB STUDIOからお送りする「The Moonlight Cats Radio Show」。
本日の1曲目は「ギターケースの中の僕」。
1.ギターケースの中の僕(浜田省吾Version、初公開映像)
2.凱旋門(浜田省吾Version、初公開映像)
3.二人の夏(Anime Version、YouTube掲載のもの)
4.恋の西武新宿線(Anime Version、初公開映像)
5.Period of Blue(初公開映像)
今回の休憩は22分、放送された曲は5曲でした。
初めて見る映像ばかりだったので、ぞろぞろと席を立つ人たちに
「えっ?これ見なくてもいいの?」と思ったりしちゃったり。
僕はライブ中はトイレに行かないので、休憩も含めてフルに集中しています(笑)
省吾本人の登場する3曲の映像は、初めて観るものばかり。
「ギターケースの中の僕」は後日YouTubeに少年が主役のものがあがっていましたが
それとは違うバージョンでした。
「凱旋門」はモノクロ調の映像で、壁に寄りかかってギターを弾き語る省吾の映像。
どこかで見たことがあるような、ないような…?曲は途中でフェードアウトしました。
「Period of Blue」はリリースされた曲名としては「Period of Blue 1990」ですが
DJの曲紹介では「1990」が入っていなかったので、ここではそう表記します。
こちらも初公開映像。YouTubeにCGアニメ調のものが既にあがっていますが、それとは別バージョン。
背景に高層ビルが見える夜景で、座ってギターを弾いている省吾。
1990年に作られたもののリリースされなかった古い曲が、発掘されてあらためてリリースされたもの。
大好きな『誰がために鐘は鳴る』の頃の曲で、個人的にはやっぱり好きなテイスト。
ここで聞いてしまったので、ライブ本編ではやらないのかなぁと残念に思ったのが本音でした。
ちなみに「二人の夏」はYouTubeにあがっているアニメのもの。
「恋の西武新宿線」は同じようなテイストのほんわかしたアニメでしたが、見たことのないものでした。
レコード店に入り、たくさん並んだレコードを選ぶシーンみたいなのが印象的でした。
僕の席からは1階席の客席がすごくよく見渡せたんですが、休憩時間のわりと真ん中ぐらいに
もうほとんどの人が自席に戻ってきていて、最後の曲はほぼ皆さん自席で観てたんじゃないかな。
最後にDJ省吾の「今夜お届けした曲」の曲名紹介があり、休憩が終わりました。