| プライベート・ライアン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| SAVING PRIVATE RYAN 1998年アメリカ/戦争ドラマ/170分 |
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<製作・監督> スティーブン・スピルバーグ <脚本> ロバート・ロダット <出演> トム・ハンクス/Capt. John Miller エドワード・バーンズ/Pvt. Richard Reiben トム・サイズモア/Sgt. Michael Horvath マット・デイモン/Pvt. James Ryan ジェレミー・デイビス/Cpl. Timothy E. Upham アダム・ゴールドバーグ/Pvt. Stanley Mellish |
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| <ストーリー&コメント> 1944年6月6日。連合軍によるノルマンディ上陸作戦は成功に終わったものの、激戦に次ぐ激戦は多くの死傷者を出していた。過酷な戦いをくぐりぬけたアメリカ軍歩兵師団のジョン・ミラー大尉に、新たな指令が下された。それは、ある兵士を救出せよ、というものだった。そのジェームズ・ライアンニ等兵の三人の兄はすべて戦死。軍の上層部は、残されたライアンをなんとしてでも生還させようと考えたのだった。指令の内容に不承不承に従ったミラーは、7人の部下と特命隊を組み、最前線へと潜入していく。混乱した戦線で一人の兵士を捜し求めるのは容易なことではなかった。待ちうける戦闘は激しさを増し、部下は一人、また一人と倒れていく。ミラーら部隊は、任務への疑問を抱く。なぜ、新兵ひとりの命が8人の命より貴いのかと…。 第二次世界大戦で連合軍の大反撃のきっかけとなったノルマンディ上陸作戦と、その後数日の出来事を描いた戦争映画。監督賞を筆頭に、撮影賞、編集賞、音響賞、音響効果編集賞などオスカー5部門に輝いた。 「映画ってここまで出来るのか」ということに驚かされた。リアルすぎるほど凄絶な戦争描写は、まるでドキュメンタリーフィルムを見ているよう。特に、ノルマンディ上陸作戦オマハビーチでの惨状を描いた冒頭の24分間はまさに地獄絵図。スクリーンの中で繰り広げられる凄惨な光景は、まさに現実にそこで起こっているかのようなリアリティ。ヤヌス・カミンスキーのハンディカメラによる従軍カメラマンのような渾身の撮影と、銃声と悲鳴に包まれる音響効果によって繰り広げられる臨場感。かつて、これほどまでに圧倒的な戦争描写があっただろうか。 この戦闘シーンだけをとっても、この作品の存在意義は計り知れない。あらゆるテクノロジーを駆使して映画が作られる現代においては、ここまでする必要があるのだ。戦争という行為の持つ愚かさ、痛みを映画という媒体を通して伝えるという意図。そして、そこから何かをつかみ、感じ取る感性。それが求められるのだと思う。 戦争は、「国家」という目に見えないもの同士の主張、主観の対決である。しかし、現実の戦場にはイデオロギーなどは存在せず、そこにあるのは見知らぬ個人と個人の超法規的で無益な殺し合いである。銃弾を浴び、銃剣で胸を貫かれ、血を吐いて死んでいく。ちょっと前までは街で普通に歩いていたような若者が、そうやって次々と死んでいくのだ。人の命は頭数で数えられ、欺瞞に満ちた一部の軍人がまるでチェスのように盤上で若者たちの運命を弄んでいく。そして、後には僅かの遺品と勲章しか残らない。それが戦争の現実である。そんな戦争の愚かさ、虚しさ、悲しみを、過ちを繰り返すことなく、歴史から、映画や書物といった文化的財産から、私たちは学ばなければならない。この作品も、充分にそのテキストと成り得るのだ。 テレビの中で、海の向こうで、今日も争いの中に数えられないほどの人が死んでいる。何万キロも離れたその場所に実際に行かなくても、その行為の愚かさを感じることはできるはずなのだ。 |
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1944年6月6日、連合軍はフランス沿岸 ノルマンディへ上陸作戦を決行する |
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ミラーたちは遂にライアンを探し当てるのだが 彼の選択はさらにミラーを悩ませるのだった… |
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