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 Scene of Encore

いつまでもなりやまない拍手と期待。
省吾のコンサートのアンコールは、熱い。

スタッフは慌しくセンターステージの準備にとりかかる。
客席では長く感じられるアンコール待ちの時間も、スタッフやメンバーにとっては忙しい時間なのだそうです。
スタッフはステージや楽器のセッティングをしたり、メンバーは着替えたり、リフレッシュして。

やがて、スクリーンに映像が流れ始めます。
おなじみとなった、当日の開演前の様子です。
会場入り直後、楽屋に向かう廊下で歩きながらのコメント。
「今日は2001年の12月29日。広島グリーンアリーナで「ON THE ROAD 2001」のファイナルです。
今日は俺たち、気合い入ってます。いいコンサートにできればと思っています」

次に、会場の外で開場を待つファンの姿が映し出されます。
全国あちこちからかけつけたファンたちのメッセージ。
最後に、「浜田省吾さん誕生日おめでとう」(だったかな?)と書かれた看板を持ったファンの一団の姿。
せーの、省吾さん、誕生日おめてどうございま〜す!」と言ってクラッカーを鳴らして。
みんな当然そのことを知っているわけで、客席からは大きな拍手と歓声があがります。

普段はここで映像は終わるんだけど、次にスタッフチームの映像が流れました。
照明、音声、トランポ、ステージ・・・などなど、各チームごとのメッセージ。
「浜田さん誕生日おめでとう!」「4年間お疲れさまでした」のメッセージ。
どこかのチームは、「LOVE HAS NO PRIDE」の振り付けをしていて。これには客席も爆笑でした。
いちばん最後に、メンバーの楽屋での映像。
テーブルにのせられたバースデイケーキを囲んで、メンバーがみんな揃っていて。
町支さんや福田さんのメッセージのあとに♪Happy Birthday to you〜と歌い始めて。
客席のみんなも、映像を見ながら一緒に合唱しました。
町支さんは♪Happy Birthday dear 省吾ちゃ〜んと歌っていました(笑)

そしていよいよ、今の映像に切り替わります。アンコールを控えた通路でのメンバーの表情。
もちろん場内は大歓声!
「アンコールどうもありがとう!えー、これから、センターステージへ行って演奏します。
そこでひとつお願いでーす。みんな、自分の席に戻って・・・(笑)
センターステージに向かう俺たちミュージシャンに、どうかさわらないでください。
壊れやすいですから(笑)気持ちよく通らせてください。それじゃ行くよ、レッツゴー!」

僕のいる席の、10数列前の通路を通ってメンバーたちはセンターステージへ向かいました。
どこの公演(僕の行った2つは両方とも)でもそうなんだけど・・・
省吾たちの入って来る通路に、みんな押し寄せるんだよね。自分の席を離れて。
そりゃたしかに、みんな近くで見たいとは思う。だけど、大人なんだし。もっと自覚を持ってほしいと思うんだよね。
しかも、省吾自身が「自分の席に戻って」とまで言ってるのに。
それを聞いて席に戻った人は、僕の側から見えたところでは2人ぐらいしかいませんでした。
すごく残念に思いました。

余談ですが・・・
この、アンコールを待っている時間の間に、僕の右隣にいた女性は帰ってしまいました。
僕と同じ一人席で、関東から来てたらしい(そこで拍手してたから)。
ここからがいいところなのに・・・「もったいないなぁ」と思ったんだけど。
でもきっと、何かの理由があって帰らなきゃいけなかったんだろうね。
明日の朝早くから仕事があるとか、家庭の事情とか。会話したわけではないからわからないけど。
結果的に、とても素晴らしかったアンコールの10曲を聴けなかったのは可哀相でしたね。
まぁおかげで、その分スペースが広くなって僕はなお一層弾けとんでたんだけどね(笑)

 Encore 1 - Center Stage

なんとか無事にステージまで辿りつけたメンバー。その中に、懐かしい顔を発見。
ん・・・?あのぽっちゃりした姿は!
「OK!ありがとう!今日はね、素晴らしいゲストが来てくれています。ドラムの大久保敦夫くんです!」
客席からは、すごく大きな歓声!
僕も、思いきり叫びました。ものすごく嬉しかったです。
長谷部さんのドラムも悪くはないけど、やっぱり大久保さんだよね!
3年半も一緒にやってきた大切なメンバーだから、ぜひ復活してほしいと思っていたのです。
「大久保くんは1998年からずっと一緒にやってきたんだけど、今年の秋に体調を崩しまして。
休養という形になっていました。今日は最後だということで、特別に来てくれました!」

大歓声!
「えー、それではここからは俺たちがバッキングバンドをやります。みんながメインボーカルで歌ってください!それじゃ行くよ!」

E1.路地裏の少年
当然のように激しい盛り上がりです。言葉では言い尽くせません(笑)
サビのところで福田さんが指をたてて「ア〜ア〜!」と合唱するのも、お馴染みになりました。

センターステージの演奏では、本編とはまた違った良さがあって。
本編は完成されたショーって感じだけど、アンコールの時はシンプルなトラベリング・バンドって感じ。
ラフなんだけど、すごくフレンドリーで。各々が、本当に音で遊んで、楽しんでるって感じがして。
お互いにその良さをひきだしあってます。素晴らしい構成だと思います。
今回のアリーナツアー、このセンターステージがなかったら随分と雰囲気が違っていただろうなぁ。
アンコールの時はMCも豊富で、よく喋ってくれるしね(笑)

「ありがとう!「路地裏の少年」、1976年。みんなその時なにしてた?」
様々な声が飛ぶ。僕も「2歳ー!」と叫びました(笑)

持っているエレキギターを弾きながら、さらに話し続ける省吾。
「今日俺、誕生日なんですが。嬉しいことに、スタッフからプレゼントをいただきました。15歳の頃に、学校からの帰り道に楽器屋をいつも覗いてたのね。呉の町にはその頃楽器屋がひとつ(だったかな?)しかなかったから、町支も知ってるところだけど。そこの店のショーウィンドウに、一本のエレキギターが飾ってあったのね。ギブソンとかフェンダーとか、そういう有名なギターじゃなくて。名もないような国産の、グヤトーンっていうギターだったんだけど。知らないでしょ?(笑)俺、そのギターがすごく欲しくて欲しくてたまらなかったのね。いつも楽器屋で見ながら。そしたらなんと、そのギターをね・・・スタッフが探してきてくれたのです!」
そう言って、持っているギターを嬉しそうに掲げる省吾。
「俺が当時見ていたときの、15歳だから1967年だね。その当時の、グヤトーンのギターです!まさに、当時見ていたそのもの。すっごく嬉しいです!これを使わない手はないってことで、ローディの佐藤くんにチューニングしてもらって、アンコールで使うことにしました」
そして、ある曲のイントロを弾き始めました。
こ、これは・・・これはもしかして!!

E2.BECAUSE

It's right that I should care about you…

そう歌い始めたのは、まさしく、デーブ・クラーク・ファイブの「BECAUSE」
1960年代のヒット曲で、若かりし浜田省吾少年が好きで聴いていたという曲のひとつ。
僕自身も、数年前にこの曲に出会ってからとても大好きになって。
今ではギターでよく弾いたりもする、お気に入りの1曲なのです。
その曲を!まさにその曲をステージで省吾が歌っている!!
なんとも言い知れぬ喜びに僕は一瞬で我を失ったほどでした(笑)
僕もすぐに、一緒に歌い始めました(笑)

And try to make you happy when you're blue…

たぶん、会場にいた人の1割が知ってるかどうかだったんじゃないかなぁ?ちょっとマニアックな曲だしね。
みんなはなかなか知らない洋楽のカバー曲。それをいきなり大声で歌い始めた僕。
僕の周りの人達は、一斉に僕のほうを見てました(笑)
途中で「知ってる?」という声に、「知ってるぅぅ!!」と大声で反応してしまったし(笑)
「この曲、知っとる?」 「いや、知らん・・・」という会話もこっそり聞こえました。
みんな手拍子はしていたけど・・・やっぱり知らないよね、なかなか。この曲は。

たぶんね、この夜集まった1万人ちかいオーディエンスの中で、この曲を聴けて一番喜んでいたのは僕じゃないかと。
そのぐらいの確信があるというか。とにかく、ものすごく嬉しかったのです(笑)
ハッキリ言って、この夜聴けた曲の中で一番嬉しかった。
それが省吾自身の曲じゃないってのは皮肉な話だけど(笑)
途中をちょっとカットしたショートバージョンだったけど、歌ってくれてものすごく嬉しかったです。

Because, because I love you…

最後にギターをジャラランッ〜と弾いて曲が終わると、間髪いれずに次の曲へ!

E3.終りなき疾走

15の時 通りのウィンドウに飾ってあったギターを見た時…

ここでもまた、ギターを掲げて嬉しそうにニッコリする省吾。
そう、まさにその「稲妻がかけぬけた」ギターなんだもんね!

センターステージでのメンバーの演奏は、本当にすごく楽しそうです。
もちろん、オーディエンスの僕たちの盛り上がり方もハンパじゃない!
本編はなんだか沈んだ気持ちで見ていた僕だけど、このアンコールは満喫。
「BECAUSE」の驚きで気持ちがいい方向に向かったんだろうね、きっと。

俺たちに残された時間 あともう残り少ない
わかち合えるのは愛だけ 拒まないで 拒まないで!

僕のすぐ後ろの2階席に友達がいて、ずっと見てたらしいんですが。
「さにー君の後ろの席の人、かなり後ろに離れていたよ」って。
そのぐらい飛び跳ねていたってことらしいです・・・(笑)
ほんとね、今までにないぐらいの跳躍力で飛んでいたと思う。
2階席に手が届いてしまうんじゃないかってぐらい(笑)

「終りなき疾走」は特に大好きな曲だから、たぶん2mぐらい飛んでいたと思う(笑)
最後の「ヘイ!ヘイ!ヘイヘイヘイヘーーーイ!」ってとこなんて、ものすごい大声で飛んでた。
マジでもう、飛びすぎってぐらい、飛んでた(笑)
横にいた小さい女の子を連れた母親がびっくりして見ていたもん(笑)
でも、いいんだ!最後だし。アンコールだし、ロックンロールだし!
一人で見ている寂しさや、いろいろ抱えてるもの。今この時だけは、みんな吹き飛ばすんだ!

「このセンターステージは、今日で最後です。武道館ではセンターステージないので。このアリーナツアーが始まるとき、俺はスタッフに条件を出したのね。大型スクリーンと、センターステージはやりたいって。その2つがなきゃツアーはやらないぞ!って。そしたらスタッフのみんなが苦心して、僕の無理なお願いを聞いてくれて。こんな素晴らしいステージを作ってくれました。スタッフのみんな、どうもありがとう」
そう言って、センターステージをぐるぐる回って。名残惜しそうに踏みしめていました。

「大久保くんはね、休んでた間に父親になりました。1ヶ月ぐらい前かな?おめでとう!名前はたつき君といいます。男の子です。俺は前に冗談で、「子供が出来たら、名前は男の子だったらカズキ、女の子だったらアカネがいいよ」って言ってたんです。そしたら、本当に「樹(き)」の字をとってくれて、たつき君にしてくれました。嬉しいです」
(ここらへんのMCは、順不同です)

E4.AMERICA
アコースティックギターに持ち替えて弾いてたかな?
この曲、すごく久しぶりに聴いた気がしました。
アルバム『J.BOY』ではすごく元気な感じの曲だけど、49歳になっての演奏はすごく余裕があって。
アメリカに憧れた少年、日本人としてのルーツに悩んだJ.BOY。
そんな激しさを湛えていた少年がいろいろな経験をへて、いつしか年を重ねて。
いい意味での余裕があるというか、落ちついてるというか。すごくいい年のとり方をしてるなぁって思います。
これは、僕がファンになりたての頃よく言ってたことなんだけど・・・
「省吾みたいな40代になりたいな。あんなふうにカッコよく年をとりたいな」って。
今でも本当にそう思います。あんなにカッコいい49歳、他にいるだろうか?

この曲は、僕にとってはすごく思い出深い曲のひとつです。
1998年2月26日。まだ「ON THE ROAD 2001」が始まる前の福岡サンパレス
そこで僕は、生まれて初めて生で省吾のステージを見ました。
「伝説ライブ」というイベントで、他には山下達郎、スターダスト・レビューが出ていたんだけど。
そのステージで、最初に歌ってくれたのがこの曲、「AMERICA」でした。
その時はまだ高橋さん(ドラム)や梁さん(キーボード)、関さん(ベース)のいた前のツアーのバンドだったんだけど。
幕が上がって、おもむろに始まったこの曲。
CDで聴いていたのと全く同じ。いや、それ以上の演奏!何よりも、CDで聴きなれたあの声!
本物の浜田省吾が、そこにいて歌って、動いてる!!
誰でも初めてのコンサートがあると思うけど、僕にとってはあの日、この曲でした。
あの胸を揺さぶるような興奮と感動は、今でもハッキリと覚えています。
そういう意味では、すごく嬉しい選曲。
4年前に初めて聴いた曲を、また歌ってくれた。
この4年間で僕も数々コンサートに参加した。楽しいこと、つらいこと、いろいろな経験もした。
時を超えて、今またこの曲を聴いている。
なんとも言えない気分でした。

「それでは、恒例のやつをやってみたいと思います」
省吾のコンサートでは、すっかりお馴染みとなった「年齢調査」。
「じゃあ、20代!」
僕をふくめ、大きな拍手と歓声!会場の3割ぐらい?
「いいね〜20代。まだまだ人生始まったばかりだね。じゃあ、30代!」
会場がわれんばかりの拍手っていうのは、こういうことを言うんだろうか?(笑)
会場の5〜6割ぐらい?
「多いね、30代!いいね。社会の先頭にたって、今いちばん大変だよね。でも、頑張ってください。君たちにかかっています。じゃあ、俺と同世代の40代!」
けっこう多かったかな?会場の1割ぐらい?
「俺たち、頑張ってますよね(笑)じゃあ・・・10代は?」
まばらな拍手(笑)
「いいねー、10代!どこ?どこにいるの?」
省吾は、前もって手渡されたハンディカメラで会場内を探索開始。
「あ、君だね。うん、かわいいね。いくつ?」
お母さんに肩車?されたらしき女の子がスクリーンに映し出される。
必死に何かを叫んでいる。
「小学校3年生?ふーん。いいね(笑)」
10代(もしかしたら10代未満も聞いてたかな?)の子供たちを、けっこう長い時間をかけて映していました。
「では最後に、50代以上の方は?」
何人かの拍手。そのたびに会場から「おぉ〜っ!」というどよめきが。
最年長の方は70何歳か80何歳ぐらいの方がいたと思います。すごい!

「じゃあ、せっかくセンターステージでやってて会場も円いんだし、ウェーブやってみようか!」
イエーィ!
「おっ。君、盛り上がってるね、じゃあ君からスタートだ!」
センターステージの近くで盛り上がってる男性がスターターに指名。
「じゃあいくよ。君から、こっち。時計回りね。ワン、ツー、スリー、ウェーブ!」
広島グリーンアリーナは楕円系の会場。ぐるぐるっと人の波が1周しました。
「なんしょん!(笑)」
首をかしげて、そう言う省吾に会場は大爆笑。ここに、これを持ってくるとは(笑)
「ダメ。全然ダメ!ウェーブをやるときってのは、もっとこう・・・「ウエェェェーーーッッ!!」って感じにやらなきゃ(笑)恥ずかしがらないで、思いっきりやってみよう!それじゃ、もう一回行くよ!ワン、ツー、スリー、ウエェェェーーーブ!!」
今度は大きな波が何周も何周も。
しかも途中から「もういっちょ!ダブルウェーブだ!」と波が二重になって。
ツアーファイナル、最後のセンターステージ。
いつまでもウェーブが周るのを焼きつけるかのように見ている省吾が印象的でした。

E5.君がいるところがMy sweet home
これも、かなり久しぶりに聴いた気がする。
ホールツアーの時は定番だったこの曲。
これも「青空のゆくえ」「AMERICA」同様、聴けて嬉しかった曲ですね。
ホールツアーで何度も聴いてたときはあまり思わなかったけど、時間がたってみると・・・
この曲、けっこう好きかも。

この曲はだいたい最後のところ、歌詞変わるんですよね。
「君が住む富山が My sweet home〜」みたいに。
でも今日は、歌詞は変えずにそのまま歌っていました。
これは、邪推なんだけど・・・
もちろん、地元広島の人もいっぱいいるわけなんだけど。
ツアーファイナルということで、全国からかけつけたファンが多い。
だから、「君たちそれぞれの住む街を思い浮かべてください」ってことなのかと。
なんでもかんでもいい方に解釈してしまうのは危険かもしれないけどね。
ただ、そう思いたくてしょうがない気分でした。
この頃には、だんだんと・・・コンサートが終わってしまう。ツアーが終わってしまう。
そういう寂しさみたいなものがこみ上げてきていました。

アコースティックギターを手に取り、話し始める省吾。

「今、何時?」
この時、何時ぐらいだったかな?
開演(5時半)からすでに3時間以上がすぎて9時ちかかったような?
「もう帰らなきゃ(笑)今日、旦那を置いて来たって主婦!」
「はーい」という女性たちの元気な声。
「ほら、やっぱり帰んなきゃ(笑)じゃあ、女房を置いて来た亭主!」
「うおーっ」という男性たちの声。
「やっぱり帰んなきゃ(笑)じゃあ、恋人同士で来たって人!」
何組かの男女の歓声。
「いいっすねー。まだまだ夜は長いよね(笑)じゃあ、家に帰っても誰も待ってない、一人だぞって人は?」
僕も含めて、けっこう多数の歓声(笑)
「いいねー。君たち、何時までいても平気だね(笑)じゃあ、子供を親とか・・・ペットショップに預けてきたって夫婦!」
これまた歓声が。
ってか、みんなとにかく叫んでるだけのような気がしたのは気のせい?(笑)
それにしても、なぜにペットショップ・・・。
「そういう人たちのための歌です」
そう言ってギターを弾き始める。ふと、ドラムの方を振りかえって
「大久保くん、君みたいな人のための歌なんだよ」

E6.星の指輪
最初のほうはしばらく大久保さんの方を向いて歌っていたように思います。
2番をカットしたショートバージョンでの演奏。

この曲にもいろいろと思い出はありますが・・・それはまたの機会にしておきましょう(笑)

「次の曲で、センターステージも最後です」
「えーーーっ!!」という歓声。
「センターステージ最後のこの曲は、このツアーのテーマソングのような曲です。
でも、みんな知ってるかなぁ?」

「知ってるー」という歓声があがる。
曲名も言ってないのに知ってるというのも不思議な話ですが(笑)
それだけやっぱり、複数回コンサートに参加している方が多いってことなんでしょうね。
「J.BOY」のサビのところでのフライングなんて、ほとんど見かけなかったしね。

E7.演奏旅行
前奏が始まると、いつものように「演奏旅行だよ〜!」という声!
この「だよ〜!」がいいんだよね(笑)
当然、みんなで大合唱。
「ON THE ROAD 2001」が始まった頃は幻だったこの曲も、CD化された今ではすっかりお馴染みとなりましたね。

この曲に関しても、ひとつ思い出話。
ラジオや雑誌なんかで、この曲をCD化するに至った経緯をよく話してますよね。それによると・・・
「姫路でコンサートをやったとき(1998年10月7日)に停電があって。スタッフからは「各部のチェックがすむまで何か歌っててください」って言われて。そしたら客席の誰かが、「演奏旅行やろうぜ!」って言うんですね。「それ、どんな歌だっけ?」とかって言うと、「眠れぬ夜は〜」と歌い始めて、「はいはい、そんな歌あったね」ってことになったんです。それから、どこに行っても「演奏旅行!」という声があがって。そんなに人気があるなら今のメンバーでもう一度レコーディングしてみようかってことになったんです」と。
僕は姫路に参加してないから真偽のほどはわからないけど・・・
実はもっと前にも、声があがってるのに。忘れてるんですね(笑)
あれは、忘れもしない1998年6月2日の金沢でのコンサート。

「もうひとつの土曜日」が終わってから、
「なにか一緒に歌おうか?」
とっさに僕は「演奏旅行ー!」
驚いたように省吾、こっちを見て「え?」
「演奏旅行ー!」
ニガ笑いしながら…「ずいぶん古い歌知ってるね〜」
ボロボロとギターを弾き出す…
「忘れちゃったよ〜」
会場、笑い。
「すげー!省吾と会話しちゃった〜!」と喜ぶ僕…

こんなことがあったんです。忘れてしまったのね〜(笑)
ちなみにその時は、その後「いつかもうすぐ」を歌ってくれました。
だから、ラジオなんかで経緯の話を聞くといつもちょっとだけ悔しい僕(笑)

今日の「演奏旅行」は、いつもよりひときわ楽しそうに聴こえました。
メンバーもみんな笑顔の演奏だったしね。

「センターステージの演奏はこれで終わりですが、メインステージに戻って俺たちもうちょっと演奏します!」
会場は、もちろん大きな拍手。
「そこで、お願いです。ここの通路を通っていきますので、どうかさっきと同じようにスムーズに行かせてください」

ああ・・・もう終わってしまうんだ。
この素敵な夜の魔法が、もうすぐとけてしまうんだ。
アンコールも終盤ともなってくると、どうしてもそればかり考えてしまいます。

 Encore 2 - Main Stage

センターステージに省吾やメンバーたちが戻ろうとしたとき、どこからともなく手拍子と歌声がおこった。

Happy Birthday to you
Happy Birthday to you…

「誕生日だからといって、特別なことはしたくない」と雑誌のインタビューで語っていた省吾。
コンサート中のMCも、そういう隙を与えないようなテンポと流れで話していた。
でもやっぱり、僕も含むオーディエンスのみんなは祝福してあげたい。
このとき、まさにこの瞬間しかないというタイミングでしたね。

Happy Birthday dear Shogo
Happy Birthday to you…

ステージに上がってからも、合唱が終わるまで聞き入っていてくれた省吾でした。
合唱が終わってから、ニヤリとして一言。
「イキなことしてくれるじゃん(笑)どうもありがとう!」
そういって、ガッツポーズ。会場は大きな拍手と歓声!
この時の拍手が、この夜でいちばん大きく、かつ暖かかったような気がします。
「じゃあみんなにお返しに、この歌を贈ります」

E8.君の名を呼ぶ
そう言って始まったこの曲。
大久保さんはソデにさがり、ドラムは長谷部さんでした。

僕は今までにこの曲を2回(福井と長野)聴いたことがありますが・・・
今日はいつにもまして感情をこめて歌っていたように思います。
すごくジワッときました。涙があふれて止まらなかったです。
きっと他のみんなもそうだと思うけど。

この曲に関しては、あえて多くは語りません。
アリーナツアーのどこかの会場に参加した方は、その時の切ない気持ちを。
コンサートには参加してないけど、CDでは何度も聴いてるって方は、その時の切ない思いを。
それぞれの胸の中にある、熱い思いをちょっとだけでいいから思い出してみてください。

コンサートの日程が発表され、チケットを獲得したときの喜び。
コンサート当日、会場に向かうまでの移動の車中。
開演してからの、高揚した気分。
そして、最後のこの曲の、切ない思いを。
それぞれの胸の中の「The Shogo Must Go On」
いつまでも忘れられない、素晴らしいショーを。

演奏を終えて、バックステージに下がる省吾とメンバー。
ステージ上の照明は若干暗くなる。
会場からはあふれんばかりの省吾コール!
もう随分日にちが経ってるのに・・・これを書いてる今も、胸がいっぱいになりそうです。
もう一度、もう一度だけ・・・お願いだから、もう一度姿を見せて!声を聴かせて!
まるで、恋におちた少女のように。
だれもがそんな気持ちで、アンコールを叫んでいたんだと思います。

しばらくして、照明が再び明るくなる!
その灯りは、まるで希望の灯火のように客席に熱を取り戻してくれました。
おそらく、誰もが泣いていたのでしょう。
おそらく、誰もが笑顔だったのでしょう。
喜びに満ちた人間の熱気と歓声というものは、これほどまでなのか。
この夜のアンコールは、特別でした。今までになく嬉しく、熱いアンコールでした。

ステージソデから出てきた省吾とメンバーたち・・・
「ん?大久保さんがいるぞ!?」

「今夜はどうもありがとう!この長いツアーを支えてくれた素晴らしいスタッフ、メンバー、そして何よりも誰よりも、コンサートに来てくれたみんなに感謝します。今夜はどうもありがとう」

そして、聴きなれた小島さんのピアノのイントロが・・・。

青く沈んだ夕闇に浮かぶ街を見おろし…

「家路」だ!!

E9.家路
開演前の様子のところで、前フリして書いていた曲は、これです。
会場に着いたときに、もれてきた音が聞こえて。それは「家路」でした。
「やるかもしれないね」と友達と話したりしていたし・・・
だから、「まさかこの曲が!」という驚きは残念ながらなかったんだけど。
それでもやっぱり、すごく嬉しかった。コンサート中はそんなこと、忘れてたしね。

曲の内容として気付いたことを3つ。

 1.序盤のところ。野外コンサートの時と同じで
「そして孤独なエゴは愛という名のもとに・・・」と歌詞を変えて歌っていました。

 2.中盤のところ。
「疲れた体 次第に何も 聞こえなくなる 感じなくなる」のところを
「感じなくなる 聞こえなく〜なる〜」と逆にして歌っていました。
意識してそうしていたのか、単なる間違いなのか。
真相はわからないけれど、こういう些細な事柄で曲の印象がより強くなるのは確かです。
もちろん、いい方に。

 3.最終盤のところ。
「どんなに遠くても たどり たどり着いてみせる・・・」と歌っていました。
すごくグッと来ました。

この曲の思い出は、語り出したらキリがありませんが・・・
1999年の夏、キロロリゾートの野外コンサート。
2000年の春、僕にとって初めての地元参加となった富山でのコンサート。
この2回のコンサートで聴けたのが、何よりも印象的な思い出です。
あの2回のコンサートは、僕にとって特別なコンサートだったから。
ファンにとってもこの曲は次の「MIDNIGHT BLUE TRAIN」と並んで双璧と言えると思う。
でも、僕にとっては「家路」ですね、やっぱり。語る言葉が見つかりません。

間奏のところでは、小島さんのピアノをバックにあのコメントを聞くことが出来ました。
「俺たちの音楽の旅はまだまだ続きます。みんなの人生の旅が続くように。
またいつか、今日と同じ笑顔で再会できる日を楽しみにしています。
それまでみんな、元気で、頑張って!今夜はどうもありがとう」

こんなに感動的なコメントを、すごくサラリと言ってのける。
惜しつけがましいわけでもなく、すごく自然に。
そういうところがすごく好きです。

小島さんのピアノ。大久保さんのドラム。
そして何よりも、省吾の情感に溢れたヴォーカル。
僕にとっては、間違いなくこの曲がこの夜でいちばん感動した曲でした。

曲が終わり、メンバー一同が揃って手をとりあって礼。
長谷部さんもソデから登場して列に加わっていました。
そのお辞儀は、すごくすごく深く思えました。
今夜のコンサートにありがとう。そして、4年間の長い旅にありがとう。
そう言っているかのようでした。
客席からの歓声は、いつまでも絶えることなく続いていました・・・。
そのひとつひとつに、手をふって応えてくれるメンバーと省吾。
こういう時の感動の深さって、その場にいないとわからないですよね。きっと。
気持ちを文章で伝えるというのは難しいことですね。

挨拶が終わり、バックステージへと下がっていくメンバーたち。
省吾は最後のメンバー紹介をしながら、それを見送りました。

ドラムス・大久保敦夫!
ドラムス・長谷部徹!
ベース・岡沢茂!
ギター・町支寛二!
ギター・水谷公生!
キーボード・福田裕彦!
サクソフォン・古村敏比古!
ピアノ・小島良喜!
ヴァイオリン・矢野晴子!
ヴァイオリン・岩戸有紀子!
ビオラ・大沼幸江!
チェロ・船田裕子!

(順不同です)

このコンサートが終わったら、もう当分彼らには会えない。
今まで4年間、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
僕も4年間のありったけの感謝をこめて拍手しました。

メンバーは全員下がったけど、一人ステージの左ソデに向かう省吾。
そこで上着のシャツ(アンコールの時に着てるハデなやつ)を脱ぎ、白のタンクトップ姿に。
そして、アコースティックギターとハーモニカを受け取る!
これは・・・。

E10.MIDNIGHT BLUE TRAIN
省吾がたった一人、スポットライトの下でステージの真ん中に立って歌っている。
まさに感無量です・・・。
輪島、東京に続いてこの曲を聴くのはこれで3度目ですが・・・
文句なく、間違いなく。この夜の演奏・合唱がいちばん最高でした。

途中からステージ上のミラーボールがぐるぐる回りだして。
場内がまるで万華鏡のようにキラキラと輝いてすごく綺麗で・・・
まるで夢の中に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥りました。

MIDNIGHT BLUE TRAIN 連れ去って
どこへでも行く思いのまま走り続けることだけが
生きることだと迷わずにこたえて…

1998年4月に始まり、4年間かけて全国を走り続けた「ON THE ROAD 2001」
その長い旅が今、静かに、熱く終わりました・・・。


浜田さん、メンバーの皆さん、スタッフの皆さん。
4年間、本当にお疲れ様でした。
素敵な思い出をいっぱいいっぱい、本当にどうもありがとう。

本当に本当に・・・本当にどうもありがとう。


すべての演奏が終わり、客席に灯りがともって。
みんなそれぞれの感動を抱えて通路を歩いていました。
熱狂の余韻がまだ残るステージ上のスクリーンには、今日のセットリスト(曲目リスト)が。
その最後に・・・

『We must let the Shogo on!』

この言葉が。
おそらく省吾の手書きの文字で書かれた言葉が、大きく映し出されて。
すごく大きい拍手が起こりました。

まだまだショーは続く。
浜田省吾の音楽の旅は、まだまだ終わらない。
全国の町々で、彼が来てくれるのを待ち続けている人たちがいる限り。


「ON THE ROAD 2001」が、ついに終わってしまいました。
4年間、198公演。そのうち、僕が参加したのが18公演。
すごくいっぱいの楽しい思い出を遺してくれた、とても素晴らしいツアーでした。
このツアーの歴史は、コンサートツアーが始まるのとほぼ同時にスタートした「Sunny's Day」の歴史でもあります。
4年間も続けてこられたのは、たくさんの方々の協力と理解、声援と励ましがあったからです。
すべての方々に心から感謝したいと思います。
本当にどうもありがとうございました。

僕が参加した公演でお会いできた、数え切れないぐらいの人たち。
今でもお付き合いが続いている方もいれば、一度会ったきりの方もいますが・・・
お会いできて嬉しかったです。
18夜の魔法の夜を共有できたことを僕はずっと忘れません。

長々と書いてきましたが・・・僕の18回目のコンサートレポートはこれで終わります。
いつかまた、19回目のコンサートレポートを書ける日がくることを信じて。

個人的な感想と思い出話ばかりのつまった記憶の断片でしたが・・・
読んでくださってどうもありがとうございました。

(完)


この夜、とても感慨深かった曲
「GIVE ME ONE MORE CHANCE」、「MONEY」、「青空のゆくえ」、「BECAUSE」、「家路」