2019/10/27(日) 富山 オーバード・ホール

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開演前ライブ本編(前半)ライブ本編(後半〜アンコール)

<ライブ後半>

スクリーンが上がると、ステージには省吾一人。
椅子に座ってアコースティックギターを弾き語り。
去年の1970年代のライブの前半のようなスタイルです。
衣装は、赤いチェックのシャツに、赤いストールを首に巻いていました。

11.丘の上の愛

この曲はバンドでの演奏が多いので、弾き語りで聞くのは初めて。
なんか、すごくカッコよかった。
なぜかマイクスタンドがすごく低くて、かなり前かがみになって歌っていて
ほとんど下を観ながら歌っているような感じでした。
背景の舞台はビルのセットが両脇のものだけが残っていて、中央上あたりに
円形のスクリーンがあって、そこに夜景の映像が映されていました。
あれは「ON THE ROAD 2016」のアリーナツアーの時に使っていた映像かな?
映像としてリリースもされているので、今度確認してみよう。

曲の最後の終わり方が、またすごくマニア心をくすぐるもので…
サビのフレーズを繰り返してらぁ〜〜ぅにぃ〜〜」と終わるんだけど
これは文字では表現できない!(笑)
ギターを弾く人は、みんなあれをマネするんだろうなぁという。
僕も今度ギター弾くときはマネします(笑)

どうもありがとう。
1980年の『HOME BOUND』の中から、「丘の上の愛」でした。

小説の中の主人公は、決して作家そのものではなく、あくまでも架空の人物像を描いたもので。
歌の世界でも、歌の中の主人公は…って、その話はもういいか(笑)

1975年にソングライターとしてソロデビューして、45年になるのかな。
だけどその間に、シングルヒットはたった1曲だけしかない!(笑)
ほんと、テレビの力ってやつは…。時代が変わり、今ではネットの力ってやつは…。

下を向いてスネたような表情。

決して、そういうのが悪いというわけじゃないんだけど。
そういうのが、たまたまオレには合ってなかったというだけで…。
だけど、そういう力に頼らずに、ずっとライブだけやってきたことは間違っていないと思うし。
そのあたりのことは、田家秀樹さんの『陽のあたる場所』という本にも書いてありますが。
ということで、次はその、たった1曲だけのヒット曲をやります(笑)

1982年に武道館をやって、その後、本格的に「ON THE ROAD」と名付けたコンサートツアーをやるようになって。
年間150本ぐらいのコンサートをやって、あちこちの町に行って歌ってた。
そんな時、母が倒れてしまって…数日間、生死の境をさまよっていたんだよね。
最初はオレもつきそっていたんだけど、次のスケジュールがあって、どうしても、そこを離れなければならなくなった。
そんなときに、母の事を思って作ったのがこの曲です。
今思うと、母が唯一のヒット曲を与えてくれたのかなぁと思ったりもします。
よかったらみんなで一緒に歌ってください。

12.悲しみは雪のように

「ON THE ROAD 2001」の時は、よく弾き語りで歌われていたナンバー。
その頃のことを思い出して、とても懐かしかったです。
去年のライブでも「一緒に歌って若返ろうプロジェクト」的なことで一緒に歌うコーナーがありましたが
これは今後も続くであろう「100% FAN FUN FAN Welcome back to The ○’s」の中で定番となっていくのかも?
去年の「路地裏の少年」や「19のままさ」ではスクリーンに歌詞が映されていましたが、今回は歌詞なしでした。

弾き語りのコーナーが終わり、ステージ上が転換し、バンドメンバーたちが再登場。

今回のツアーは1980年代前半にリリースした3枚のアルバム、1980年の『ホームバウンド』、
1982年の『愛の世代の前に』、1983年の『プロミストランド』の曲で構成しているんだけど…
その頃オレはちょうど27〜29歳ぐらいで、20代後半だった。
その頃みんなは、何歳だったかな?
「その頃、まだ生まれてなかった」という人?

という、初めてのパターンの年代別調査がありました。
1974年生まれの僕は、「その頃、10歳未満」というところで手をあげましたが「…少ないね(笑)」という数。
やっぱり多かったのが「その頃20代だった」という人たちです。
ライブの後に友達たちと話してた時「その頃、自分が幾つだったかちょっと考えたわ〜」という人が多かったみたい。
だからその時、客席はわりとシーンとしてたのかな?(笑)
年をとってくると、今の年齢じゃなく、干支とか、昔の当時の年齢で物事を話すようになるのはなんでだろう?(笑)

そんな、オレがまだ若かった20代の頃に作った曲ですが、次の曲は、ライブで初めて歌う曲です。
アルバムを作って、それをもってツアーに出るから、基本的には新しい曲を聞いてもらいたいんだけど
ステージの構成とか、流れとかを考えると、どうしても合わないとか、外れてしまう曲があって。
この曲もなんで外れてしまっていたのか思い出せないんだけど、そのままになってしまってて。
どうしても、そういう曲ってあるんだよね。
今回は80年代前半の曲でステージを構成すると考えた時に、入れてみても面白いかなと思って選んでみました。
ギターの長田君のアレンジで、すごくいい感じになりました。「防波堤の上」。

13.防波堤の上

もちろんライブで初めて聴く超レア曲。
去年の「ラブトレイン」同様、ライブ前にCDリリースされたので「演奏するんだな」という推測はできましたが
やっぱりライブで聴くとなると、すごく新鮮な感動がありました。
長田さんのつま弾くアコースティックギターが、すごくいい音色で印象的でした。

小さなところだけど、サビの歌詞を「ぼうはていの〜うえ〜」としっかり歌ってるよね。
オリジナルアルバムでは「ぼうはてーのーうえ〜」と歌っているので
「い」の発音がすごくキリッとしてるのがすごく印象に残りました。

14.陽のあたる場所

続けてこの曲。これは嬉しかった!
今回のライブに来る前に、僕が「これは絶対に聞きたい3曲」というのがあって。
「明日なき世代」「陽のあたる場所」、そして次に演奏した「OCEAN BEAUTY」の3曲です。
イントロが始まった時に、嬉しくて思わずニヤリとしてしまいました。

すごく思い入れのある曲で、ずっと好きだったんですが、なかなかライブで聴けず…
(2001年の武道館では演奏されているんですが、僕は行ってない)
今回が最大のチャンスだと思っていました。

ほんとにね…すごく嬉しかったです。
そのぐらい、すごく好きなので。感無量です。

しいて言えば、「まだ、若かったころ…」という語りを入れてくれたらもっと最高だったけど(笑)
ライブアルバム『ON THE ROAD』のこの曲、何回聞いたかわからないぐらいなので。

歌が終わり、ステージソデに下がっていく省吾。
波の音のSEが流れ始め、続けて、次の曲が始まる。

15.OCEAN BEAUTY(Inst.)

まさかの2連続できたー!これは絶対的に聞きたかったやつだー!!
ライブ前に奥さんと話していて「これは絶対に聞きたい」と言うと「歌じゃないやん」と言われましたが
ちょっとロシア国家っぽいこのInstrumental、すごく好きなんだよね。
「ライブでやるとしたら、今回のイベントライブしかないと思うんだよね」と言っていたんですが
期待通りにやってくれました!
オープニングでもいいし、休憩明けでもいいかなと思っていたんですが
まさかの位置で不意打ちでした。

しかも、なんじゃこりゃー!めちゃくちゃカッコイイんですけど!
こんなに超神アレンジになるなんて思ってなかった!!
途中のギターソロでは長田さんのエレキが泣きまくるし、ホーンのゴージャス感がやばすぎる。
こんなにガチでスーパーアレンジしてくれるとはー!
ある意味、今日一番の驚きの曲だったかもしれません。
これはほんと、ものすごい。文字では到底伝えられないので、これは早く映像を
リリースしてもらって、鬼リピートで聞きたい!

ちなみに、後のメンバー紹介の時に紹介されていたんですが
この曲のアレンジは清岡さんなんだとか。
その清岡さん、多摩の方に住んでいるらしく、先日の台風で避難することになって
近くの避難所に行ったところ…なんと入るのを拒否されたんだとか。
「人員がいっぱいだったのでは?」という声もあるけど
バンドメンバーたちの間では「その風貌が原因なのでは…」と
噂されたりしているらしいです(笑)
トロンボーン!清岡太郎!

16.マイホームタウン

当然続けて演奏されるのは、この曲。
これはもう「DJお願い!」と「バックシート・ラブ」ぐらい、決して離すことのできないセットです。
やって当然の流れで、しっかりその期待に応えてくれるというのも嬉しいものです。

再登場した省吾は、赤いシャツを脱いで腰に巻いていました。
白いシャツに赤いストールをつけていました。遠目にはネクタイみたいにも見えました。

背景のセットもいつの間にか変わっていて、コンビナートのような風景になっていました。
両側のビルだけは残っていて、真ん中がドーンと変わってる感じ。

途中の歌詞ですが、一時期変えて歌っていましたよね。
「積み重ねてロッカーの中 ファイルすることなんてできないさ」
という歌詞のところを
「信号に変えディスクの中 ファイルすることなんてできないさ」
というふうに。
今ではもう元の歌詞に戻して歌っていますね。
変えてみたものの、シックリこなかったのかな?
最後は「出ていくことを〜」の後に「マイホームタ〜ウン」と言っていました。
こういう細かいところばっかり気になるSunny's Day管理人です(笑)

17.東京

さらに畳みかけていくこの流れ。
この曲、時々やっているような気がしていたんだけど、意外にもライブで聴くのは19年ぶり。
「ON THE ROAD 2001」の2000年のホールツアー以来でした。
「ON THE ROAD 2001」のDVDの中に映像が収められているので
頻繁に聞いているような気がするだけなのかも。

この曲、なんかものすごく良かったです。
ライブ後に友達と「東京、よかったよね!」ということで意見が合ったぐらい。
なんかスタイリッシュで、それでいて疾走感があって熱くて…
歌も、演奏も、なんかすべてがパーフェクト!という感じでカッコよかった。

ステージ上半分には横長の大きなスクリーンがあり、東京の風景が細切れに映されていました。
その中で、帰る場所もなく、駅の片隅で小さくなって座っているホームレスの姿が
すごく印象に残っています。

ここから先は、完全に私的な感想なので、長くなるので飛ばしてもらってもいいです。
 →次の曲まで読み飛ばす

ハッキリ言うと、僕は「東京」という街が嫌いです。
何もかもが満たされていて、常に刺激があり、日本中の富が集中している。
知らず知らず「すべてを持つ者」として生きている住人たちは
それがすべて当たり前のことのように、ノーマライズされた日々を過ごしている。

「持たざる」地方都市に対して、上からの嘲笑を感じることもある。
ニュースを見ても、地方の町の災害よりも、東京の災害報道に割く時間が多い。
天気予報を見ても、東京の天気が、まるで日本の標準天気のような扱いになっている。
子どもの頃は感じなかったけど、大人になってから、そういう思いはなぜか強くなっていた。
田舎ものならではの単なる僻みなのか、羨望なのか、それはわからないけど…。
特にそう感じるようになったのは、2000年の東京国際フォーラムのライブ以後かな…。

だけどある時、ふと気づいた。
僕は東京に住んでいたし、東京で過ごした時間が僕の中のベースになっている部分もあることに。
小学生の4年間と、大学生の4年間。
人格形成に大きな影響のある時期を、青春を彩る季節を、僕は東京で過ごしていた。

話す言葉にも特定の地方の訛りはなく、東京弁をベースに、他の地域の言葉が加わっている。
嫌いと言いながらも、思いながらも、抗い切れないがんじがらめになっている自分に
言いようのない無力感みたいなものを感じたこともあった。

だけどこれも、もしかしたら…
浜田省吾が「J.BOY」に込めた思いと近いものがあるのかもしれない。
アメリカに戦争で負けながら、その国のロックンロールを好きな自分自身にアイデンティティを問うた自問の答。
それが「J.BOY」なんだと思う。
アメリカの文化に凌辱されながらも、豊かさに沸いた戦後の日本。
そういう構図と同じことを、僕自身は東京に感じているのかもしれない。

嫌いと一言で言っても、その色付けは年々、少しずつ変わってきた。
旅行に行けば、やっぱり東京の街の大きさとか、華やかさには心が湧きたつし。
悔しいけど、認めたくはないけど、僕の中にも、そういう光の名残みたいなものが幾分かには残っているから。
そういうふうに感じることもあるんだよね。

2000年以降、東京のライブには行っていないけど、その代わりに
僕自身の楽しみ方とか、生き方みたいなものも、自分なりに見出してくることができてると思うし。
へんなこだわりを捨てて、ハッキリ嫌いとまでは、もう、言わなくてもいいのかもな…。

そんなことを思いながら、この曲を聴いていました。

映像に映し出されるのは、大都市東京の光と影。
僕自身が子供の頃に上野で見た、片足のない帰還兵の方が弾いていた、悲しげなアコーディオン。
なんかそういう、すりこまれた記憶の残滓が、スパイラルとなって心の中で渦巻く。
そんな思いをさらにかきたてるように、情熱的に繰り広げられる演奏。
行く当てのない迷いのようなものを訴える、切ないながらも熱のあるヴォーカル。
ああ、細かいことを考えなくても、この曲はやっぱりすごい。
東京という街の側面を、深くえぐりだしている。
やっぱり浜田省吾の歌詞の世界観、音楽を携えて訴えかけてくる社会性はすごい。
そんなことをあらためて感じた5分間でした。

.18.明日なき世代

ものすごくカッコよかった「東京」に続き、興奮はさらに沸点の向こう側へ。
ずっとずっと聞きたかった「明日なき世代」を、ついに聞くことができた!!
僕が省吾のライブに行くようになったのは1998年からなので
ほぼ20年が経っているんだよね。
その間ずっとずっと、思い続け、言い続けてきた。
「明日なき世代」やらないかな、と。
ライブアルバム『ON THE ROAD』に収録されたバージョンがすごく好きで。
あの、底抜けに明るくて、パッションがほとばしっていて。
将来や、明日さえも、いや、今夜の帰り道のことすらも、すべてを忘れてもいいぐらいに
「泣かないで〜!」という歌詞は、力強い。最後の「ウォーオオオ〜」のとことか。
日替わり曲とかでやってくれないかなとずっと思っていたし
過去のリクエストとかでも、毎回書いていた。
その思いが、やっと実った!

最近の会報のインタビューを読むと、省吾本人は「歌詞が子供っぽいと思っていた」
というのが真相らしい。そんなことないのに…。
だったらとか「反抗期」とか「あばずれセブンティーン」はどうなの、とつっこみたくなるし(笑)
だから、シングルとしてリリースされたときはすごく嬉しかったんだよね。

だけど、リリースされたシングルを聞くと…
あれ?なんか、思っていたのと違う…。
なんか、うまくなりすぎているというか、老練化してるというのか…
あの底抜けの無邪気さが感じられなく思えて…。

でも、ライブで聴いたら最高でした!
これだ!やっぱりこれだよー!
すっかり忘れてた。
省吾の曲は、CDリリースだけでは未完成なんだってことを。
CDの音源のままでももちろん素晴らしいけど、ライブでやってこそ、
オーディエンスの熱気があってこそ、初めて完成なんだと。
ずっと聞きたかった曲が聞けて、すごく嬉しかったです。
ああ、この曲も早く映像で鬼リピートして観たい。

あと、後半の方では、コンビナートのセットは、電波塔か送電線のようなものに変わっていました。
正確には、4階席からはステージの上の方が見えなかったので(ステージの屋根、ひさし部分みたいなのが陰になって)
上の方は想像ですが(笑)

19.ON THE ROAD

この曲、やって当然といえば当然なんですが、ちょっと予想してなかった。
1980年代前半の曲ではあるけれど、3枚のアルバムには入ってないから、ノーマークでした。
(ライブアルバム『ON THE ROAD』には入っている)
近年の「光と影の季節」や「光の糸」と同じく、省吾の音楽人生と、僕たちオーディエンスの絆を最も感じる曲ですね。

ソロデビューして45年になりますが、こんなに長くやってこれるとは思いませんでした。
それも、ここまでサポートしてきてくれた皆さんのおかげです。
本当にどうもありがとう。
「100% FAN FUN FAN」の旅も、「ON THE ROAD」の旅も、まだまだ続きます。
またどこかで、元気で会えることを祈ってます。

20.凱旋門

ロックナンバーが続いた後の、本編最後の1曲はこれでした。
てっきりラストは「家路」か「僕と彼女の週末に」だと思っていたので、かなり意外でした。
シングルとしてリリースされた3曲の中では、タイトル曲になっていることもあり
個人的には、最も完成度が高いと思っている1曲。まさに圧巻の演奏でした。
ライブで演奏されるのは、1983年の「海の中道」、1984年の「横浜スタジアム」の
野外ライブ以来なんじゃないかな?

スクリーンには、どこか外国の街並みが。
イラスト風に描かれたその街並み、視点は固定カメラですが、季節が移ろっていきます。
青々とした木々がやがり紅葉し、木々は葉を落として雪が降り、街並みは白くなっていく。
その四季の移ろいが、すごく切ない映像でした。

ライブツアーが始まる少し前に、この曲のプロモーションビデオが公開されていました。
その中で、気になる描写がありました。
旅人が、とある町を訪れるという内容なんですが…
ギターを抱えた旅人が、バスタブに横たわるというシーンがあります。
詳細な説明がないので、個人の解釈にゆだねられるところですが
(旅人はその町に「訪れた」のか、「帰ってきた」のか、も含めて)
曲の歌詞から察するに、旅人は懐かしい町に「帰ってきた」んではないかと。
そしてさらに、愛する人を失った悲しみを歌った曲の内容から意訳すると
あのバスタブが、どうしても棺桶に見えてしまうんですよね…。
バスタブの横に、蝋燭が葬送火のように灯されているし。

「戦い疲れた兵士」は、愛する人のもとに「生きて」帰ってきたのか、それとも…。
様々な解釈が成り立つこの曲。その歌詞の世界観がすごく好きです。

<アンコール>

アンコールで再登場した省吾は、グッズの白いTシャツを着ていましたが
背中の「SH」の文字が、売っているものよりやや濃かったような…?

警戒なステップで、ハーモニカを吹きながら曲が始まりました。

1.今夜こそ

「ON THE ROAD 2016」のアリーナツアーでも演奏されたこの曲。
映像としてもリリースされているので、記憶も新しいところです。
アレンジは基本的にはそのままで、ホーンも入って楽しい感じになっています。
サビの「こーんやこそ!」(チャチャッ!と手拍子)を楽しく繰り返していたら
突然演奏が終わって(ほんと唐突に)
ここでメンバーを紹介します!って。
ええーっ!そんな唐突な!とツッコんでしまいました。

ドラムやベースのリズムにのせながら、一人ずつメンバーを紹介。
今日は来ていないけど、あえて紹介します。ヴォーカル!中嶋ユキノ!
というところに、省吾の優しさを感じました。
昔、「ON THE ROAD 2001」のアリーナツアーの時に、ドラムの大久保さんがツアーに同行できなくなって
代わりに長谷部さんが加わってた時に、同じようなことがあったよね。
ドラムス!大久保敦夫!って。あれを思い出しました。

2.土曜の夜と日曜の朝

メンバー紹介から、メドレーのような流れでこの曲へ。
通常のツアーでもおなじみのナンバーですね。
省吾自身もお気に入りの曲らしく、一説には「過去に最も演奏された曲なのでは」という説も。

3.ラストショー

バンド演奏の最後の曲はこれ。
ファンの間でも人気アンケートをとると、必ず上位にくる曲だし、やるかなとは思ってたけど。
4階席からでも、会場中みんなが手をふっているのが見えて、すごく賑やかでいいなぁと思いました。
ライブならではの一体感みたいなものをすごく感じましたね。

バンドメンバーがみんな下がった後に、一人残った省吾。
アコースティックギターを手に、弾き語りを始める。

最後にもう一曲、みんなと一緒に歌いたいな。
もし知ってたら、一緒に歌ってください。

4.家路

「ON THE ROAD 2011」のセンターステージで披露された、弾き語りの「家路」。
あの時は1番だけをセンターステージで歌って、メインステージに戻った後、続きを歌っていた。
今回はフルに一人で弾き語りでした。こういう「家路」はもちろん初めてだし、すごく胸を打つものがありました。
途中でギターと歌を止めて、客席をあおる様子。
みんなで大合唱の、素晴らしいラストでした。

今回のライブで、ひとつだけ「あれっ?」と思ったのが、たしか一昨年も、去年も言ってくれてた
「来年は70年代をやろうかな?」とか「80年代やったら、みんなついてこれる?」みたいなMC。
あれが今日はなかったこと。
「来年は(もしくはこの次は)80年代のライブの後半、続きをやります」みたいな一言が欲しかったけど
それはあえて言わなくても、必ずやりますよっていうことなんだと信じたい。

80年代前半というと、1974年生まれの僕はまだ小学生で、浜田省吾も、もちろん音楽も聞いてはいなかった。
そんな頃に、日本全国津々浦々で、若者たちを熱狂させていたシンガー、浜田省吾。
人気まだこれからという駆け出しだったかもしれないけど、確実に、熱いファンが支えていた。
そんな当時の雰囲気を再現してくれた、素晴らしいライブでした。
もちろん当時とは、技術も、ステージなどの環境も違うけど
マインドとか、スピリットみたいなものは、たぶん当時からそんなに変わらないんだろうね。
懐かしい曲たちを演奏していても、すごく楽しそうな省吾本人やメンバーたち。
彼らの音楽の旅を、まだまだ追いかけていきたいと思う。

そして今回の僕の旅には、まだ続きが約束されている。
一次募集で当選した、来年の京都のライブで、もう一度参加できるんです。
このライブをもう一度観られる。しかも来年、2020年になってからすぐに。
そのときまでもうしばらく、この余韻で頑張って行けそうです。

開演前ライブ本編(前半)ライブ本編(後半〜アンコール)

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