2018/10/19(金) 本多の森ホール
2018/11/24(土) 大阪/フェスティバルホール

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開演前(金沢編)開演前(大阪編)
ライブ本編(第1部)ライブ本編(第2部〜アンコール)


<オープニング>

場内が暗転し、「とらわれの貧しい心で」のインストが流れる。

背景のスクリーンはストリートの落書き風のものに。
アスファルトに落書きのような感じで、右寄りにツアータイトルが書かれていました。
舞台中央にはイスが置かれていて、その左右にはギターが3本。

ステージソデからスタスタと省吾が登場。客席からは大きな拍手。
正直、このオープニングは予想してなかった。
でも振り返ってみれば、「ON THE ROAD 2001」の時の最初の頃のFFF
 ※省吾と町支さんが二人だけで弾き語りをしていて、今だと「ゆず」だけど、オレたち
 「夏ミカンとかぼす」とかで再デビューできるんじゃない?
みたいなMCがあった。
とか、「ON THE ROAD 2006-2007」の時の、福田さんの語りで再現された1970年代のステージとか、
「ON THE ROAD 2016」の「MIDNIGHT BLUE TRAIN」の前の寸劇とか…
そういうベースみたいなものはあったんだよね。
それが今回、遂に完成したような感じですよね。

<第一部〜一人で弾き語り>

今夜のショーは、マイクでの語りからスタート。

こんばんは。
今日は、100% FAN FUN FAN(以下、FFF)にお集まりいただき、どうもありがとうございます。
去年のFFFは「Back to the '60s」ということで、当然オレはまだデビューしていないので、自分の曲はないので
1960年代に影響を受けた曲たちをやりましたが、今回は「Back to the '70s」ということで
1970年代に作った曲を演奏します。
まず今日の1曲目はこの曲から。

1.生まれたところを遠く離れて

アコギの弾き語りで始まりました。
カッティングを多用してブルースチックな演奏。
長い曲だけどフルコーラスで聞かせてくれました。
衣装は、帽子、ベスト、青いジーンズ。
カポは4カポにしてたと思います。

2016年、前回のツアーは「旅するソングライター」というのがテーマだったんだけど
今回のライブのコンセプトは、「ソングライターの旅」というものです。
オレは1974年にAIDOっていうバンドでドラマーとしてデビューして、
1975年にソロになってそれからたくさんの歌を作りました。
だけどその曲たちは、決してオレ自身のことを歌ったものじゃなくて…
作家が物語を作るときと同じように、自分自身を投影したものもあれば、まったくの空想で描くものもあって、
物語ごとによって主人公は必ずしも同じではなく…

(場内、静かに聞き入ってる雰囲気)

…なに?この静寂は…?(笑)
なんか、大学で講義してるみたいだね(笑)

そう話しながら、ギターを持ちかえる。
自分でシールド(ギターにつなぐプラグのコードのこと)をカチッと外して、付け替えて。
最初は左手側にあった青いギターに持ち替えたものの、間違えたのか
右手側の2本目のギターに持ちかえていました。
この第一部の序盤は、1970年代当時のスタイルを再現している感じなので
ローディーのサポートはなく、全部自分でやっていました。
こういうゆるい感じも面白いね。

当時はサポートスタッフとかもいないから、こうやって自分でギター持ち替えたり
チューニングしたり、ハーモニカを付け替えたり、水を飲んだり…
それでオレは歌まで歌うんだぜ?(笑)大変だろぉ?
とにかく、いろいろ一人で大変でした。

そうやって作った歌の中で、主人公は海辺の町に住む少年。
彼は、父親の転勤にくっついてあちこち引っ越していた。
好きになった町や、友達と離れるのが嫌だと言える年でもないので、父親についていくしかなかった。
そして16歳になった彼は、自転車で海へ行き、小さなラジオを持って、海の向こうからやってくる
様々な音楽に心をときめかせていた。そんな情景を描いた歌です。

2.あの頃の僕

これ、聞きたい曲の中のひとつだったのですごく嬉しかったです。
レコードになっているものは、エレキギターをフューチャリングしたバンドっぽい音だけど
一人で弾き語りなので、アコースティックな感じですごくいい。
最後は「Wow wow〜 Oh year〜」と、ポロロ〜ンと終わる(言葉にするのは難しい)のがすごくいい。
背景のスクリーン(第一部の前半は、曲ごとにイメージ映像が変わっていました)は風景が変わり、海の景色に。
防波堤に置かれた自転車、穏やかな波の寄せる海と、白い雲の流れる青空。
背景の景色(雲や海)はゆるやかに動いていました。

そして主人公の少年は、18歳になった。
彼が住んでいるところのすぐそばに、米軍の基地があって
いつもラジオを持って基地のそばに行き、海の向こうからやってくる
それまでに聞いたこともないような音楽に夢中になった。
そして彼は、カリフォルニアから来た留学生の女の子に恋をした。
そんな情景を歌った曲です。

3.いつかもうすぐ

スクリーンの情景は、フェンス越しの青空に。
この曲はビデオにも収録されているので、おなじみの曲ではあるけど
実はライブで聞くのはかなり久しぶりでした。僕自身は、1998年の金沢でのライブ以来。

歌の中の主人公の少年は、とても楽しい高校生活を過ごした。
いろんなことをやった。野球部や剣道部で部活をしたり、新聞部で新聞を作ったり、
生徒会で活動をしたり、文化祭で歌ったり。
だけど、ひとつだけやってなかったことがあった。それは勉強(笑)
だから彼は受験に失敗して、浪人して、予備校に通った。
(「浪人」を「老人」と言い間違えて笑いが起きてました)
そんな風景を描いた歌なんだけど…
ここで今回のライブの中の、重要なひとつのプロジェクトをやります。
それは、「みんなで歌おうコーナー」。
歌うってことは、すごく脳にもいいんだよ。みんな、脳トレやってる?
大きな声を出して歌って、脳を活性化しよう。そういうコーナーです。
みんな一緒に歌ってください。

4.19のままさ

スクリーンの背景は、予備校をイメージした構内の雰囲気。
大きな階段が印象的な絵でした。
そしてこのスクリーンに、歌の歌詞が表示されていました。
こんなにハッキリと歌詞が出るのって、省吾のライブではあまり記憶にないなぁ。
それを観ながら歌ったので、みんな安心して歌っていました(笑)
だけど「一緒に歌って」と言いながら、本人の歌に微妙にタメがあったりするので、少しズレたりね(笑)
大阪の時は3階席ではるか上から見下ろしてたので、ラストの加減で歌詞があまりよく見えなかったです。
やっぱり映像系は、席によって見づらいところがあるから
ひとつのツアーで何回か、しかもいろんな席で観るのが理想かな。

ありがとう!みんな、19歳とはいかなくても、10歳ぐらいは若返ったかな?(笑)
あ、でも若返って19歳って…もしかして、19歳より下の人っているかな?

僕の富山の友達が10代の娘さんと一緒に来ていたんですが、バッと手を挙げていたのが
僕の席からもよく見えました。省吾もそれに気づいて「19歳はまだだったね」と言っていました。

歌の中の少年は、そうやって勉強して、家出したりもしながら、なんとか大学に入った。
だけどそこは、思い描いていたキャンパスライフとは程遠く…
学生運動が盛んで、内ゲバとか、ストライキとかをしていて学校はいつも閉まってた。
今の社会はすごくコンサバティブな流れが強いけど、当時は全く逆でリベラルが強かった。
自由を求めていろんな活動が起きたり、革命とか改革という言葉が魅力的に聞こえたり
みんなでフォークソングを歌ったりしていた。
主人公の少年は、そんな若者たちが機動隊に鎮圧される様子をニュースで見て
失意の思いを抱えていた…。

5.遠くへ

今回のライブで聞きたかった曲、マイベスト2位!
ずっと聞いてみたいと思っていたので、すごく嬉しかった。
そのものズバリ、大学のある街並みを描いた背景の前での演奏でした。
アコギとブルースハープで描かれる情景は、まさに1970年代。
個人的には今日、一番良かった曲かも。

ちなみに、「僕が聞きたかった曲」ランキングは…
 1.悪い夢
 2.遠くへ
 3.独りぼっちのハイウェイ
 4.あの頃の僕
 5.いつわりの日々
 6.ガラスの恋
 7.恋人達の舗道 / 汐風の日々
という感じかな?5位以下は同率って感じだけど。
とにかく筆頭は「悪い夢」。切ないけどすごくいい曲だし、大好きでカラオケでもよく歌います(笑)
結論から言うと、今回のライブではやらなかったんだけど、最後まで「次こそ来るか」と思いながらドキドキして
アンコールの最後まで期待して(笑)
「結局なかったか〜」という残念感はあるけど、最初にセットリストをネタバレしちゃうと
こういうドキドキ感ってないしね。僕は基本、自分が参加するまで情報はシャットアウトします。

(金沢版)
歌の中で「赤いヘルメットの〜」って歌ってるけど、今ならカープ女子かと思われちゃうよね(笑)

(大阪版)
歌の中で「赤いヘルメットの〜」って歌ってるけど、今ならカープ女子かと思われちゃうよね(笑)
でも大阪では、あまり野球の話はしないほうがいいのかな?(苦笑)
阪神はね〜何位?カープは優勝したからね。2連覇。
だけど、2位のチームに負けちゃってね…なんだかね。

という感じで、野球の話は大阪の方が長くなってたかな。

<第一部〜二人で弾き語り>

そうやって少年は、大学をやめてしまい、故郷に帰った。
そして、同じように故郷に帰ってきていた仲間と一緒にバンドを組んだ。
その頃から一緒に音楽をやっている友達を紹介します。町支寛二!

ステージソデから、町支さんが登場。
客席から見て省吾の左側にイスとギターが置かれ、二人が横並びのステージです。

オレと彼は、愛奴というバンドで一緒にデビューして、もう40年以上になります。
町支くんは歌もうまいし、ギターもうまいし、コーラスもできるし。
グルックスっていうバンドを組んで、すごく人気がありました。
オレはそれを観て、「こいつ、天才!」って、すごい人がいるんだなぁと思ったものです。
彼はもともと、広島のアイドルみたいな存在だったんだよ。
通りを歩いてると、女の子たちが「キャー!あれ町支さんじゃない?」って振り返るような。
共通の友達の紹介で知り合って、もう40年一緒に音楽やってます。町支寛二。

すごくおだてた内容に、町支さんは「イヤイヤ」みたいな感じで顔の前で手を振ってたけど
まんざらでもない超笑顔が面白かった(笑)
町支さんの紹介の時は、二人ならではの空気感みたいなものがあるよね。
他のメンバーとは違う、幼馴染ならではの感じがね。
ジョンとポールと言ったら言い過ぎかもしれないけど、もう決して離れられない二人だよね。
二人ともずっと元気で、長く音楽を続けてほしいなぁと思います。

町支くんや、今の事務所の社長をやってる高橋くんとかと、バンドを組んで。
お金がないからオレはピザ屋でアルバイトをして、楽器を買ったり、スタジオ代を稼いでた。
そしてみんなで東京に出て、狭いアパートにみんな一緒に暮らしてた。
そんなころに出来たのが、次に演奏する曲です。
曲ができた朝に、これを最初に高橋くんに聞かせたときに
「浜田ぁ、朝からごきげんだなぁ」と言ったのが、そのまま曲名になりました。

6.朝からごきげん

ここからは町支さんと二人でアコギ弾き語り。
二人のハーモニー、息の合ったギター演奏はさすが。
ちなみに、曲ごとに変わっていた背景の景色は変わらなくなりました。
この曲もしょっちゅう聞いてるような気がするけど、実は1999年のファンクラブイベント以来でした。

オレはドラマをたたいて、バンドでデビューしたけど、その頃は今みたいにロックシーンとか
音楽業界みたいなものが確立されてなくて、65歳まで音楽で食べていけるとは思っていなかった。
30歳ぐらいになったら音楽をやめて、普通の仕事につくのかなと思ってたから。

オレだって、いきなり65歳になったわけじゃないからね(笑)
20代、30代、40代といろいろあって、今65歳。
振り返って思い返してみると、本当にいろいろあった。
メディアのインタビューとかで、若いインタビュアーの方とかからよく聞かれるんだよね。
「浜田さんって成功されているので、挫折とか全くなかったんじゃないですか」とか。
そうかぁ、今の若い人たちは、オレがスーパーの片隅とか、バーのカウンターの中で歌ってたことを知らないから
最初からエスタブリッシュされたロックスターというふうに思ってるんだな、と。
だけど実際にはそんなことはなくて。20代の頃は、全然お金もなかったし…
町支くんは若くして結婚して、オレも女の子と同棲してたけど、生活は苦しかった。

バンドでデビューしたものの、オレはドラムが下手だったから、行き詰まりを感じてて。
愛奴は、いろんな才能が集まったいいバンドだったけど、時間がたつにつれて、
それぞれが描きたい夢というか、音楽の方向性みたいなものが少しずつ変わってきて。
他のメンバーが求めるリズムとかビートを、オレのドラムでは実現できなかった。
だから、岡本あつおくんという上手いドラマーに頼み込んでバンドに入ってもらった。
だけどそうなると、自分の居場所みたいなものがなくなって、結局バンドはやめてしまった。

バンドをやめてからソロになったけど、今みたいにコンサートホールとかじゃなくて
ライブハウスとも言えないような、居酒屋の片隅とか、デパートの屋上とか、スーパーの入口の横とか
歌えるところだったらどんなところでも行って歌ってた。

あるところでは、他の歌手の前座だったんだけど、一番前のお客さんが
「あと何曲やるの?」と聞いてくるから、「ああ、この人はその歌手のファンなんだな」と思って
ちょっとムッとして、悔しいから「あと5曲やります」と言ったりして。
そしたら「トイレ行くから、ちょっと待ってて」って。オレは「えっ」と思ったけど、そのまま待ってるわけ。
店は狭くて壁も薄いから、すぐ近くのトイレから「ジョワーッ」ていう水の音が聞こえるわけ。
で、手を拭きながら戻ってきて「はい、どうぞ」って…。

またあるところでは、オレが歌おうとしたら、一番前のお客さんが
「あ、ちょっと待って!」とかいうわけ。なんだろうと思ったら「テープ裏返すからちょっと待って」って。
よく見ると、大きなラジカセが置いてあって、カセットテープをガチャッと裏返して「はい、どうぞ」って。
そんなのんびりした中で歌っていました。

そんな頃によく、町支くんと二人で歌っていた曲です。

7.君に会うまでは
8.君の微笑

そんなMCをはさみつつ、バラードを2曲。
(場所によっては「散歩道」と日替わりだったりするみたいです)
どちらもすごく好きな曲なので、嬉しかったです。
特に「君の微笑」は2009年、富山でのファンクラブイベント以来なのでゲキアツでした。
「君の微笑」は「愛に形があれば」という原曲があるようなので、そちらのバージョンで
歌ってくれたらもっと面白かったのになぁと、ちょっと思ったりしつつ…(笑)

ボブ・ディランの「風に吹かれて」という歌があるけど
 「How many roads…」とワンフレーズ歌いだす。
その頃はみんなで集まって歌ってたんだよね。
ロックやフォークソングは社会的に評価の高いものじゃなくて、むしろ反体制的なもので
社会や、大人たちからは白い目を向けられていた。
何年か前にボブ・ディランがノーベル賞をもらったけど、当時はそんなこと全く想像できなかった。
ノーベル賞って、もっと文学作家とか、すごい文豪がもらうと思ってたからね。
でも音楽における歌詞の世界みたいなものが、そうやって評価されるのはすごく嬉しいことです。
でもあっちは英語だから、アドバンテージがあるよね…。
日本だと…そう、芥川賞とかもらう感じ?って、オレには無理だな。
オレは長く音楽やってきたけど、そういう賞みたいなものには縁がないし。
だけどみんなからの長いサポートで、すばらしい賞をもらえた。
そう、「ハマショー」という賞を…(笑)
ノーベル賞も、芥川賞もいらない。オレにはそれで十分だよ。

客席は大歓声でした!
後で冷静に考えると、それってどんな賞やねんと思ったりもしますが(笑)

さて、次が第一部最後の曲です。
ここでまた「みんな一緒に歌おうプロジェクト」です。
一緒に歌って、盛り上がってくれないと、ここでライブ終わるからね。
バンドのみんなも来てるけど、出番なしで帰ってもらうからね(笑)
じゃあ、一緒に歌ってね!

9.路地裏の少年

これもまた、背景に歌詞が出ていました。
背景の画像も変わり、「赤茶けた工場の高い壁」に、月が昇っている夜。
客席はみんな大きな声で大合唱でした。
ちなみに、『J.BOY』に入ってる「21歳」のあるロングバージョンではなく
16、18、22歳の通常バージョンでした。

ここで、17分間ぐらいの休憩をとります。
その間、トイレに行ってもいいし、何か飲んでもいいし、ゆっくりしてください。
でももしよかったら、今日のために作った、インターネットラジオの特別版があるので
それを聞いて待っててください。

<インターミッション>

休憩の時は、スクリーンに、愛奴のレコードジャケットに
「The Moonlight Cats Radio Show」の猫のシルエットが重なった画像が写されてました。
BGMは、まさに「猫ラジオ」の特別版。かかる曲はすべて「愛奴」のものでした。

 ラジオ特別版〜AIDO
1.AIDOのテーマ
2.初夏の頃
3.恋の西武新宿線
4.夢にいざなえ
5.二人の夏

曲の合間に、短い感想や思い出の紹介がありました。
さすがにそこまでは全部覚えてない…。
このBGMを聞きながら、僕は前半部分のメモをとったりしてました。

ペンは持ってたけど、メモをする紙がなかったので、たまたま持っていたWOWOWのチラシの裏に(笑)
前半のセットリスト、要所要所のメモとか。

今回のステージのキモとなる、曲ごとの映像のメモとかもね。
左から、アスファルトのグレー、海沿いの堤防、青空のフェンス、予備校の階段、大学の校舎と門。
これだけのメモでも、あるとないとで大違いなんですよ(笑)

前半最後のMCも「17分ぐらいの休憩」というのがかなり具体的でしたが、そう言ってたとメモがあるからね。
じゃないと、なかなか思い出せない(笑)

そんな感じで時間が過ぎていき、後半のステージの幕が開けました。

 →ライブ本編(第2部〜アンコール)へ

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