ベーブ・ルースを超えた男
ロジャー・マリス〜『61*』
| 1961年、ニューヨーク・ヤンキースの外野手ロジャー・マリスは、1927年にベーブ・ルースが打ち立てた60本のメジャー年間本塁打記録を34年振りに更新した。しかし、長くレコードブックには彼の記録は「61*」と掲載されていた。注釈(*)付きの記録。当時のコミッショナーら、ベーブ・ルースの記録を永久のものとしたい人々による抵抗だった。「ベーブ・ルースの60本塁打の記録は154試合制、ロジャー・マリスの61本塁打の記録は162試合制での記録」と…。 |
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| 『61*』(2001年アメリカ/スポーツドラマ) <監督>ビリー・クリスタル <脚本>ハンク・スタインバーグ <出演>バリー・ペッパー、トーマス・ジェーン |
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ベーブ・ルースの60本塁打記録 メジャーリーグの1961年のシーズンは、チーム数の増加により試合数が8試合増え、現行の162試合制となったシーズンである。 前年、カンザスシティからヤンキースへ移籍したロジャー・マリスは、生え抜きのスター選手ミッキー・マントルと「MM砲」として同僚同士でよきライバル関係を築いた。 |
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ロジャー・マリス(左)とミッキー・マントル(右) |
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だが、当時はベーブ・ルースの記録を「偉大にして不可侵の神聖なる記録」として、「ベースボールの象徴」としてとらえる考えがあった。たとえそれがルースの後輩にあたるヤンキースの選手であっても、彼の記録を抜くことは許されないことであった。 ミッキー・マントルとロジャー・マリスの二人は、互いに競い合ってシーズン中盤までハイレベルのホームランレースを展開した。だが、世論は完全にマントルを支持。ヤンキースの生え抜き選手であり、ファン受けがよく、実力とスター性を兼ね備えたマントルこそが、ベーブの記録を抜く資格がある、と。対するマリスは無愛想で、マスコミ受けも悪く「よそ者、田舎者」と中傷された。マントルが打てば大声援、マリスが打てば信じられないことに地元ニューヨークでも激しいブーイングが浴びせられた。 ロジャー・マリスの孤高の戦い マントルが故障でリタイアすると、マリスへのプレッシャーはさらに大きなものへとなっていった。ファンには冷たい目で見られ、マスコミには容赦のない中傷記事を書かれ、彼の心中はいかばかりであったろうか。映画『61*』では、この頃のマリスはストレスで苦しみ、苦悩の末に頭髪が脱けるほどだったと描かれている。 153試合を終了した時点で、マリスの記録は58本。154試合目、リーグ優勝のかかったデトロイト戦で2本打てば、文句なしにベーブ・ルースの記録に並ぶことができる。しかしここでマリスは1本しか打てず、挑戦は夢に終わった。だがこの時、チームメイトからの暖かい拍手で、彼はようやく解放された。 新記録樹立へ リーグ優勝が決まり、消化試合となった残り8試合。マリスは159試合目に60号、最終162試合目に61号本塁打を放ち、注釈付きではあるがシーズン本塁打記録を34年ぶりに更新した。 マリスの悲劇 彼はその後もプレーを続けたが、「嫌われ者」としてのレッテルに苦しみ続けた。引退後、その苦悩ぶりを「もし61本塁打を打っていなかったら、僕の野球人生はもっと楽しいものになっていただろう」と語った。マリスは選手として輝かしい栄光を掴んだものの、その業績が正当なものとして称えられたのは、彼の没後6年が経った1991年のことだった。1998年以降、マリスの記録はバリー・ボンズら3選手に抜かれたが、ステロイド使用疑惑などにより、正当なシーズン本塁打記録はマリスの61本だと信じるファンも多い。 晩年 1984年、マリスの背番号9は、ベーブ・ルースの3、ミッキー・マントルの7らと並びヤンキースの永久欠番とされた。当時マリスは悪性リンパ腫で闘病生活を送っていたが、翌1985年に没した。 |
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ロジャー・マリス(Roger Eugene Maris) 左投左打・外野手(1957〜1968) 通算成績 シーズン最多本塁打記録:61本(1961) 通算本塁打:275本 主要タイトル シーズンMVP:2回(1960、1961) 本塁打王:1回 打点王:2回 |
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通算打撃成績
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日米ホームラン記録比較 (記録は2021シーズン終了時点)
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関連リンク The Official Roger Maris Web Site Major League Baseball The Official Site |
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| 2003/5/21 2022/8/20 |
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