夏の終り


 去りゆく夏を惜しむように、太陽はいつもよりつよくアスファルトを照らしているように感じられた。
開け放った窓からは、乾いた潮風が吹き込んでくる。
その風にのって、低く長い雲がながれている。
夏の終りが、視界にうつるものすべてに、あきらかに色をおとしていた。

 アクセルをさらに踏み込むと、エンジンは低いうねりをあげた。
車窓を、木々が次々にながれていく。
フロントガラスが、空中に吸い込まれていく感覚。
あのスピード感はそう言い表せるかもしれない。
自由形で水にとけこんでいく水泳選手のように、空を泳いでいく。

 ふと、カーステレオのスイッチに手をのばしてみる。
ギターの軽快なロックンロール。8ビートのリズムが車内に響きわたる。

 南へ向かって走り始めたのは、まだ夏の暑いさかりだった。
しかしそれも、もう遠い昔のように感じられる。
いくつものカーブを曲がり、峠をこえると再び大海原がフロントガラスにあふれた。
車を停め、サイド・シートに開きっぱなしの地図をとって見てみると、今日一日で随分走ったことに気づいた。
クーラーボックスからコーラをとりだして車を降り、海にのぞむ。
伸びをし、体全体で深呼吸をする。全身に新しい血が駆け巡っていく。

 海にはすでに陽が沈みかけていた。
雲が夕日を包み込み、紅い光が雲の切れ間から降りそそいでいる。
暗くはなく、むしろ明るい。
その眩しさに眼がくらみ、手をかざす。
紅光は海面にまでそそぎ、青かった水面を白く輝かせている。
紅と白の融合。
この景色にタイトルをつけるとしたら、そうなるだろうか。
いや、紅に燃える夏の終り、だろうか。

 こんな景色をかつて見たことがあった。
あれはまだ学生の頃だ。長く美しい黒髪の女の子と遊びに行った。
朝から降りだした雨になやまされつづけ、帰ろうかという頃になって突然光がさした。
その雨上がりの夕焼け空に、今眼前にたゆたう紅を飲み込んだ雲があった。
彼女と二人、橋の上からしばらく呆然と空を見ていた。
ふいに彼女が言った。
「この空…いいよね。私、好きだな」

 あの時は漠然と、いい景色としか思えなかった。
しかし今はそれを明確に理解できる。なぜ、あの空が美しかったのか。
その気持ちに気づいた時、僕は北へむかって車を走らせていた。
かつて失った、夏をさがしに。


「夏の終り」は
浜田省吾のアルバム『誰がために鐘は鳴る』に
おさめられている名曲です。


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