ただひとつのコンサート
〜もうひとつの「ON THE ROAD」秘話〜
(このページは、2001年10月22日に掲載したものです)
最近、ある方からメールを頂きました。
そこには・・・長野に住む、とある兄妹の姿がありました。
その内容がとても胸をうつものだったので・・・皆さんにもぜひ紹介したいと思って。
本人から了承を得て転載したいと思います。
(皆さんへの紹介はご本人の希望でもあります)
宮沢さん、メール本当にありがとうございました。
コンサートの意味というのは、人によって様々です。
省吾ファンとして、何年かに1度、参加する人もいる。
大切な人との思い出に参加する人もいる。
そして、こんな形でコンサートに参加される方もいるのです。
はじめてのメールで申し訳ないのですが・・・
私の話聞いていただけますか?
まずは、4ヶ月ほどまえにROAD & SKYにあてたfanレター(メール)を・・・
残念ながら、返事は来てませんけど。
| 省吾さん、Road&Skyスタッフの皆さん、はじめまして。 私は、Road&Sky会員唐木和美の兄の宮沢浩一と申します。 妹は3月31日に、約3年間のガンとの闘病生活にピリオドをうち36歳という若さで他界しました。 省吾さんの歌を、ステージを、生き方を・・・省吾さんのすべてをこよなく愛した妹でした。 私は妹と2人兄弟で、五つ歳が離れているせいか結構仲の良い兄妹でした。 私が省吾さんの曲を聞き始めたのも、妹の影響でした。 私が二十歳の頃だったと思います。 それまでは、妹の方が私の影響を受けることが多く、その頃私が好きだったNSPや長渕剛なんかを聞いていたはずの妹が、私が進学のため上京してしばらく離れている間に省吾さんに出会ったようです。 初めて行ったコンサートは横浜球場だったようです。 あの時問題になった紙ふぶきを拾ってくればよかったと、たいへん悔やんでいました。 田舎なので、コンサートにもなかなか行けないのですが、それでも最低年2回、多い年で4回くらい省吾さん見に行ってたみたいです。 私が初めて省吾さんのステージを見たのが、妹に誘われて行ったよみうりランドEASTでした。 その後も、渚園、アリーナツアーの新潟、地元の長野や松本と何回か一緒に行きました。 そのうちお互いに結婚しそんなこともなくなりましたが、若い頃の良い思い出です。 妹は1998年の春に発病して大きな手術をし、その後入退院を繰り返しながら抗ガン剤での治療を続けてきました。 何回か省吾さんのステージを見た、松本県民文化会館のすぐ近くの信州大学付属病院です。 おととしの伊那文化会館は妹の自宅のすぐそばで、 「よくこんなところへきてくれたね!」 と、大変喜んでいました。 ちょうど治療の合間で自宅に帰っている時だったので、行く事ができて嬉しかったようです。 でも、それが最後になってしまったのは皮肉なものですね。 昨年の秋頃肺に転移が見つかり、その後は皮膚のあちこちに、背骨にとまたたく間に広がり、正直なところ私自身そう先が長くないことは覚悟していました。 省吾さんにメールして、ムリを承知で励ましの手紙を書いていただけるようお願いしてみようか・・・なんて考えてました。 3月30日の夕方、義弟から 「あとは痛みを抑えるしかないと先生に言われた」 と聞かされ、 「それでもちゃんと本人に告知して残された時間を有意義にすごさせてあげよう」 と決めたその夜、妹は何も言わず突然逝ってしまいました。 省吾さんのNEWアルバムを、とても楽しみにしていました。 こんな暗い話ですみません。 あんなに省吾さんを好きだった妹のことをなんとか少しでも知ってもらいたくてメールさせていただきました。 これからは妹の分まで、省吾さんのことを応援していきたいと思ってます。 私だって、妹に負けないくらい省吾さんの歌や歳の取り方(私もいい歳なので省吾さんのようにカッコ良く歳を取りたいと思っている)が好きですから。 またステージ見に行きます。 ステージの最後に省吾さんが良く言う言葉、正確ではないけど・・・ 『みんなそれぞれ、いろいろあってたいへんだろうけど、また明日からがんばって!』 いつも励まされます。 突然ですが・・・。 私はサラリーマンなんですが、省吾さんはサラリーマンの経験なんてないはずなのに、なんで「J.BOY」みたいな曲がかけるのですか??? 別に「J.BOY」がサラリーマンの曲というわけじゃないけど・・・。 いつもコンサートで「J.BOY」聞くと、涙出そうになります。 長々とすみませんでした。 これからもがんばってください。 アルバム、楽しみに待ってます。 |
今年はとてもコンサートいけないなー、もうすぐ長野ビックハットあるけど・・・
と思っていた矢先、ヒョンなことからチケット手に入れることができたんです!
・・・ほんとに偶然!
なんか妹が、
「にいちゃん、ビックハット行ってきてよ!」
と、チケットを用意してくれたような気がします。
10月27日長野ビックハットに行ってきます。
妹の遺影を胸にさげていくつもりです。
周りの人、へんな目でみるかもしれないけどかまいません。
妹といっしょに見に行くつもりです。
もしできれば長野ビックハットを見に行く浜省ファンの方に呼びかけていただけませんか?
遺影をぶらさげたオジサンを見かけたら、ぜひ声をかけてほしいと。
私には妻子もあり、毎日妹のことで悲しんで暮らしているわけにはいきません。
家では結構自分の気持ちを抑えてすごしています。
こんな私に、省吾さんや省吾ファンの皆さんから元気を与えていただければ嬉しいな・・・
と思っています。
人それぞれに、いろいろな意味合いがあります。
とても大切な一夜、ただひとつのコンサート。
浜田さんもステージで「一期一会の出会い」と言います。
僕も僕なりに、精一杯コンサートを楽しみたいと思います。
*後日談
会場の長野ビッグハットはとても広くて。
宮沢さんにお会いしたかったのですが・・・残念ながらお会いできませんでした。
閉演後、人気のなくなった会場を走りまわって、スタッフにも聞いたりして探したんだけど。
すごく心残りでした。
でも、帰宅後、宮沢さんからメールが届いてまして。
「ビッグハット、最高でした」とのこと。なんだか、とても嬉しかったです。