浜田省吾スペシャル〜SAVE OUR SHIP〜
(2001/8/25 FMとやま 19:00〜19:55)
シングルリリース、アルバムリリース、BS特番、そしていよいよツアー再開!と盛り上がる2001年夏。
FMとやまにてオンエアされた特別番組の様子を活字版にして再現してみたいと思います。
「え〜」や「あの〜」などの部分は一部手直ししてあります。
FMとやまをお聞きの皆さん、浜田省吾です。これからの時間は僕のスペシャルプログラム、「浜田省吾・SAVE OUR SHIP」と題して、今週水曜日にリリースされたニューアルバム『SAVE OUR SHIP』の曲を中心に、近況などを話しながら、と思っております。ではまず最初に『SAVE OUR SHIP』の中から、8月1日にリリースされた先行シングルを聞いてください。浜田省吾で「君の名を呼ぶ」。
1.君の名を呼ぶ
お送りした曲は浜田省吾で「君の名を呼ぶ」でした。
あらためまして今晩は、浜田省吾です。
富山といえばですね、「ON THE ROAD 2001」ですね、行きましたね。昔はあの・・・素晴らしい・・・なんていうか伝統的な・・・ん〜・・・はっきり言うと古い(笑)富山市公会堂でしたけど、全日空ホテルになっちゃったんですよね。で・・・オーバードホール。あれ・・・2000年の4月4日にやったのかな?オーバードホールになってもう、驚きました。すんごい、いきなり新しくなって。
あの公会堂はね、たくさんの思い出があるんですよ。例えばですね。もう、僕が始めたのももう、かなり古くなってからなので、あの・・・2階席?2階席、コンサート盛り上がってるのに全員お客さんが座ったままでいる。「あれ?盛り上がってないのかな?」と思って後から聞くと、「上で盛り上がると落ちるから座っててくれ」というふうに言われたとかね(笑)
え〜それとか、たしか「J.BOY」ツアーの時は1曲目がですね、「A NEW STYLE
WAR」だったんですけど、頭、シークエンサーといって、機械で出るんですね。ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥっていう音で出るんですけど、これがなぜか、どこのボタンを押しても出ない。「オープニングだよ〜。メンバーみんな入ってるのに、出ない(笑)」そうするともう、それを操作してたのが当時のキーボードの梁邦彦君で。もう、顔面真っ白になって、「どうして出ないんだろう?」(笑)そうするとお客さんが、「オーイ。梁ー。がんばれよ〜」とか言われてね(笑)和やかなうちに「J.BOYツアー」っていうか、コンサートがスタートしたのもあの公会堂ですし。
あと、金沢から移動してきた春の日。立山連峰がね・・・真っ青な空の日で、雪をかぶって。そして、ちょうどあそこは公園があって、桜がすごいじゃないですか。公会堂の周り、すごかったじゃないですか。あの桜がね、満開で。「ああー、綺麗な街だなぁ」って思いながら行ったこととかね。だいたい富山はいつも、天気に恵まれてるんですよね、好天で。行くたびに、「素晴らしいバランスのとれた美しい街だなぁ」というのが印象です。
さて、番組はまだまだ先続きますので、このあたりで2曲目の曲を聞いてください。浜田省吾で「演奏旅行」。
2.演奏旅行
「演奏旅行」、聞いてもらいました。
この「演奏旅行」はアルバムの中に入ってなくて、シングルのカップリングの曲です。
この曲はですね、もう随分昔に一度レコード化されたんです。70年代か80年代の頭ぐらいに。でも当時はドーナツ盤の時代で。もう、廃盤になってしまったんですよね。それでですね、今回の「ON
THE ROAD 2001」をやってる途中の出来事なんですけど、姫路で落雷の為に、停電になってしまったんですよ。もう、真っ暗。なぜか僕のボーカルマイクだけは、なんか、緊急事態の電源が通じてたらしくて、生きてて。「じゃあ、電気が回復するまでみんなと一緒になんか歌ってようか」とか言ってると、左の前のあたりだったんですけど、男性のお客さんがですね、「演奏旅行やろうぜ!」って言うんですよ。「演奏旅行?それ、どんな歌だっけ?」とか言うと、その人がですね、「眠れぬ〜」って歌い始めたんですよね。「あぁそうそう、そんな歌あったなぁ」と思いながら、その時はその人がリードボーカルでやったんですけど。その後もいろんな会場行って、時々「なんか一緒に歌おうか」って言うと「演奏旅行やろう」っていう声がかかるんですよ。それで自分は昔の古いテープを探してきまして、カセットで。「はいはい、こんな曲だったね、こんな曲だったね」ってことで、そんなにその、みんなで一緒に歌おうってのが盛り上がるんだったら、ちょうどライブやってる途中だし、すごいいいメンバーと今やってるんでね、「このメンバーともう一度レコーディングしてみようかな」ってことで、レコーディングして出来上がったものがよかったので、シングルのカップリングということにしました。
さて、シングルの話はこのくらいにして。
僕ね、新しいアルバムを先ほどから言うように、出したんですよ。『SAVE OUR
SHIP』っていうタイトルなんですけど。まぁ、「俺たちの船を救え」っていう感じですね。ただ船じゃなくて、僕のイメージしてるのは、船っていう、まぁ「SHIP」に喩えた、例えば共同体、一緒にすごしてる場所とかいうようなイメージですね。一対一の関係もあれば家庭だったり、地域社会だったりするんですけど。僕たちは同じ時代を痛みとか喜びとか分かち合いながら、それでも前に進まなきゃいけない、一緒に生きていかなきゃいけない、そんなイメージで『SAVE
OUR SHIP』というタイトルをつけたんですけど。皆さんレコード店にもし行く機会があったら、ちょっと俺のアルバムジャケットを見てください。え〜真っ赤です(笑)まるでテクノ・アルバムのジャケットじゃないかぐらい何にもない真っ赤なジャケットなんですけど。ここに写ってる物はですね、救命道具が入ってるんです。正確に言うと、浮き輪なんですよね。今回レコーディングは東京でやったんですけど、ミキシングという編集の作業をイギリスでやりまして。イギリスに行った時、『SAVE
OUR SHIP』というタイトルはもうつけてて。なんか赤いものをイメージしたレコードジャケットにしたかったんです。何故ならば、僕はあの・・・これ、本当かどうかわかりませんけど(笑)「浜田君のラッキーカラーは赤なんだよ」なんか言われて、インプットされたもんですから。この自信作はなんか自分のラッキーカラーでも取り入れてみようかっていうことで、とにかく赤い色があると必ず写真に撮ったんですよね。例えばロンドンの2階だてバスも真っ赤ですし、壁とかね、あと真っ赤な車があったらその真っ赤な車の前で撮ったりとか。でもどれもなんかね、『SAVE
OUR SHIP』のイメージにないんですよ。で、ある日。ロンドンから南へ1時間半ぐらい行ったところにブライトンっていう海辺の町がありまして。たぶんロンドンの人たちの避暑地だと思うんですね。おそらく、東京でいう湘南の関係だと思うんですけど。そこに写真撮影も兼ねて行ったんです。というのが、『さらば青春の光』っていう、80年代の前半の頃リリースされた映画で、モッズっていう若者の集団、生き方を描いた映画があるんです。これ、モッズを・・・モッズっていうものが好きな人にとってはバイブルのような映画で。そしてそこの映画のロケ地がブライトンで、いわば聖地ですよね。それもあってブライトンっていう町を訪ねたんです。その日はね、雨も風もすっごい強い日で。ほとんど撮影はできなくて。さびれた海辺の避暑地をブラブラみんなで、「あぁ、ここでスティングがバイクに乗ってたんだ」とかね、「ここでケンカのシーンがあったんだ」とか「この路地の裏でミークラブのシーンがあったのかな」とか言いながら、ブラブラ歩いてて。海辺の町ですから、桟橋があるんですよ。すごい大きなスケールの桟橋で、その桟橋の上には日本でいうゲームセンターってのかな。そういう、遊戯をするところがあったりとか、レストランがあったりとか。その桟橋にぽつんと、真っ赤なものが立ってたんです。で、よく見ると、救命胴衣が入ってんですよね。「もしピアの上から飛び込んだりして助けが必要だったら連絡してくださいね」みたいなことが小さく書いてあるんですよ。その時にパッと・・・「これだ。これ・・・だ。これだこれだこれだ!」っていう感じで、それを写真にバシャバシャバシャッと撮りまして。それをアルバムのジャケットにしました。もしなんかレコード店に行く機会があったら「おお、これかぁ」とか思いながら、見てやってください。
さて、その新しい浜田省吾のニューアルバムから「LOVE HAS NO PRIDE」。
3.LOVE HAS NO PRIDE
今回のアルバムは12曲入ってるんですけど、1曲ずつこう・・・非常に綿密に音を作ったんですよ。一緒にプロデュースをした水谷公生さんのプライベート・自宅・ホームスタジオでですね、プロトゥールスっていう最新のコンピュータ・ソフトを使ってレコーディングしました。レコーディングはだいたい去年の9月から、今年の3月、4月くらいまでやってたのかな?そして・・・編集の作業、僕たちミックス・ダウンっていうんですけど。ミックス・ダウンの作業はイギリスに渡ってやりました。今まではですね、トム・ロード・アレジっていうアメリカ人、この人も素晴らしいエンジニアなんですけど。その人と10年ちかく一緒にやってまして、だからアメリカに行く機会が多かったんですけど。このプロトゥールスっていうコンピュータ・ソフトをトムは使わないので、このプロトゥールスを使った素晴らしいエンジニアはいないだろうかって探してたところ、イギリスに、サイモン・オズボーンって方と、クリス・シェルダンっていう人がいて。サイモンの方はすごくアコースティックな音が得意。クリスの方はすごくハードなロックな音が得意。でも、二人ともプロトゥールスを使えるってことで、今回はイギリスに行きました。僕と水谷さんは最初からレコーディングする時に、とにかく、時代の最も旬な音を作ろうと。トラッドな音よりもむしろ、今の音を録ろうと。そして1曲1曲、それに最も相応しい洋服を着せてやろうってことで、そういう音を作ったんですけど。
そして、完成して・・・レコーディングがですね。そしてミックスは、イギリスに渡りました。最初に、サイモン・オズボーンと一緒にミックスインしたんですけど。この方がですね、スティングのパーソナル・エンジニアなんですよ。で、彼が作業をしてる場所ってのが、スティングのパーソナル・スタジオなんです。ロンドンから北西に2時間から2時間半ぐらい行った・・・もうホントに、田舎で。ストーン・ヘンジって有名ですよね。石が円い形になってて。荒野にポツーンとあるんですけど。なぜ作られたかは今でも不思議なんですけど。その場所から15分ぐらいのところにあって。さすがスティングは世界的なロック・スターなので、金持ちなんですね。あの・・・お家と言っても、昔の領主が住んでたような、お城みたいなお家を改造して、そこに住んでるんですよ。で、中はその・・・敷地内には池もあるし、川もあるし、厩があって。そこで働いてる人たちの子供たちはその馬の世話して、そのあと馬に乗って敷地内を走りまわってるし。そこのゲストハウスみたいな中に、そのプライベート・スタジオがあって。そこを使わせてもらったんです。サイモン・オズボーンは、すごい・・・朴訥とした、静か〜な方なんですけど。その、一瞬見ると、農夫みたいな方なんですけど。ただ、使えるその、最新式のコンピュータを駆使して。でもなおかつ、コンソピュータ・サウンドというよりはすごいアコースティックな手触りの音を作ってくれました。
そして、6曲それを終えたあと、今度は非常にロック的な音をミックスするために、僕たちはロンドンに戻って、クリス・シェルダンっていう人とやったんですけど。クリスの方はですね、ロンドンの真っ只中の、俗にいうスタジオの中でやりまして。そのスタジオがあった地域っていうのはですね、あんまり環境がよくないんですよ。夜になるとかなり危ない、タクシーも来てくれないって感じでね。タクシー呼んでもなかなか来ないんで、僕たちはホテルから毎日、2階だてのバスに乗って通ってました。ハハハッ(笑)ある日ね、バスに乗ってホテルまで帰りますと、ホテルの前に真っ白いストレッチ・リムジン・・・知ってますか?ストレッチ・リムジン。車をすごく長くしたやつですね。それが停まってたんですよ。で僕たち、バック・パックを背負ってバスから降りてきたんですね。ホテルの前まで歩いて来ると、「おぉい、すごい車が止まってるなぁ」と思って見ますと、中から、ブロンドの超美しいモデル・タイプの女性が出てきまして。「ワァ〜オ!」とか言ってますと、その後ろからまた、ちょっと中年の男が出てきたんですね。それ、ロッド・スチュアートでした(笑)同じホテルに泊まってました。俺たちはバスで帰ってきたのに、彼は超美人のブロンドの女性とストレッチ・リムジンですからね。思わず僕はロック人生考え直しましたね(笑)「俺だって日本のロック・スターだぜ!これでいいのか、俺は間違ってるんじゃないか!」とかね。そんな気持ちになりました(笑)
それはさておき、話しはまだまだ『SAVE OUR SHIP』の中から続きます。
このへんで曲を聞いてください。『SAVE OUR SHIP』の中から、オープニングの曲です。浜田省吾で「青空」。そして98年の4月から始めた「ON
THE ROAD 2001」のホールコンサート・ツアーのタイトル曲でもあります。モノクローム・レインボー、「モノクロームの虹」。2曲続けて聞いてください。
4.青空
5.モノクロームの虹
聞いてもらった曲はですね、今回の『SAVE OUR SHIP』のオープニング曲です。「青空」。そして、「モノクロームの虹」でした。
最近の僕はですね、大体早起きしてます。リハーサル中なんですよ。大体リハーサルは午後2時ぐらいから始まるんです。今までこんなに早起きすることはなかったんです。というのはですね、日本でずっとレコーディング期間が続いて、そのあとイギリスに行きました。イギリスに行くと当然時差があるので、夜寝られないんですよ。で、やっと慣れた頃に日本に帰ってきた。今度また日本寝られない日々が続いて。そしてやっとまたその時差に慣れた頃、今度はですね、NHK-BSのための撮影で、アメリカとメキシコに行ったんですよ。そうするとまた時差があって、すごい苦しんで。また日本に帰ってきたらなんと奇跡的に、すごい規則正しい早起きになってしまったんです。大学を中退して以来20数年、ほとんど僕は夜型人間だったんですけど。なんの無理もなく朝早く起きれるので、「これはなんか利用しなきゃいけない」っていうんでね、「ON THE ROAD 2001」の期間中に肉離れを起こしたりとかですね、いろんなアクシデントがあったんで、ちょっと身体を、もう一回調整しようということで。朝はジムに行って、大体少し歩いて。それから、下半身中心のウェイト・トレーニング、軽いウェイトでやって、その後ストレッチをゆっくりやって、その後プールで泳ぐことをやって。最近ちょっと水泳にはまってるんですよ。去年の9月ぐらいから水泳、あらためて習い始めて。もちろん僕は広島で、海のそばでずっと過ごしたんで、海の子なんで、泳ぐことはなんの問題もなかったんですけど、正しいクロールとか、平泳ぎとか、習ったことがなかったんですね。それを習い始めたら、最初は「泳げるんだからこんなものやったってつまんないかなー」って思ってたんですけど、やってるうちにどんどん楽しくなっちゃって。プールで朝泳ぐのが毎日楽しみになってね。泳いでから、そしてリハーサル・スタジオに行って、メンバーとリハーサルをやってる毎日です。もう来週はツアー、スタートしますね。今んとこ順調なんで、いいステージやれるんじゃないかと思ってます。
今回のツアーのタイトルはですね、「THE SHOGO MUST GO ON」っていうタイトルです。どういう意味かっていうと、今回アルバムタイトルが『SAVE
OUR SHIP』なんですけど、アルバムタイトルをつけたプロモーション・ツアーではないので、98年から始めたツアーの総決算なんで、独自のツアータイトルにしたいってことで、「THE
SHOGO MUST GO ON」にしました。ブロードウェイのミュージカルの世界に、「THE
SHOW MUST GO ON」っていうスローガンみたいな言葉があるんですよ。「恋人と別れようが、家族に何かあろうが、バンクロップ・・・つまり破産しようが、何があろうが、ショーの幕を開けるんだ!」っていうショーマンシップっていうかね、ショーマン魂みたいなものをスローガンにした「THE
SHOW MUST GO ON」っていう言葉があるんですけど。それをちょっとこう・・・サウンドをひねってですね、「THE
SHOW MUST GO ON!」、「THE SHOGO MUST GO ON!」ということで・・・「THE
SHOGO MUST GO ON」っていうツアーをスタートします。さっきも言ったようにアルバムのプロモーションツアーではなくて、ひとつの区切りなんで、すごい古い曲もやりますし、この新しいアルバムの中からも、たくさん曲をやろうと思います。でも、残念ながらですね・・・富山ではないのです。すいませーん。確かにね、ステージ・プロデューサー日本中の体育館をまわったんですよ。で、自分たちがやってるプロジェクトありますよね。設計図を書いて、こうやってステージを作ってっていう、場所が富山になかったものですから・・・今回できません。でも、近くの福井でやります。10月21日、サンドーム福井です。「そんな遠くないすよね!・・・遠いよね。でも遠くないよね!・・・遠いよね(笑)」でも、頑張ってきて欲しいなぁ!え〜ぜひ、時間があったら、チャンスがあったら、参加してほしいなぁと思います。いいステージを、やりたいと思います。皆さんにお会いできるのを、すごい楽しみにしてます!
さて、55分間にわたってお送りしました「浜田省吾・SAVE OUR SHIP」、そろそろお別れの時間になってしまいました。最後に聞いてもらう曲は、今回のアルバムをこう・・・象徴してる曲で終わりにします。アルバムでもこれが最後の曲になってます。「日はまた昇る」、聞いてください。
浜田省吾でした。どうもありがとう。
6.日はまた昇る