2000/8/2(水) 東京国際フォーラム


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REPORTER/さにー
1998年4月から始まった「ON THE ROAD 2001」のホールツアーも、いよいよ佳境。
僕自身の参加は、今日の公演で最後となった。


1998年からコンサートに参加し始めた僕にとって、来年の秋スタートするアリーナクラスツアーまでの1年間という時間は、かつて経験したことのない長い時間になる。キロロの野外から富山までの時間は長かったけど、その間もどこかの街でコンサートはあった。その話を聞いているだけで、コンサートに参加しているような気分になれた。だけどこれからの1年間、全くコンサートはない。その間にニューアルバムのリリースが予定されているけれど、やっぱり浜田省吾はライブ・アーティスト。動いている省吾を感じられないというのは、とても寂しいことだ。その寂しさにグッとくるものがあったこの夜の公演だった。

今日の席は、11列目のほぼ真ん中、ちょっと左寄り。昨日ほどライトもまぶしくなかったし、音も強烈ではなかった。最後のコンサートとしてはこれ以上ない最高の席だった。


モノクロームの虹
いつものようにコンサートは始まった。
僕にとっては当分聞くことのできなくなる曲の数々も、ステージの上のミュージシャンにとっては関係のない事情。来週も、来月も、彼らはこうやってステージでプレイし続けるのだろう。そう考えると一抹の寂しさはあったけど、できるだけそういうことは考えないようにこの夜を楽しみたいと思った。

HELLO ROCK & ROLL CITY
今夜こそ
さよならゲーム
MAINSTREET

前半のロック・ナンバーも、今日が聞き納めだ。今まで、いろんな会場で聞いた数々の歌が、その歌を聴いていた景色が、頭をよぎる・・・。この夜のコンサートについては、ハッキリ言って詳しい内容は覚えてないんです(笑)

「このへんで、その座り心地のいい椅子に腰掛けてください」
(メンバー紹介のあと、省吾がひとりだけ残り、椅子に座ってギターを持つ)

「リハーサルの時いろんな席に座ってみたんだけど、一番後ろは・・・27列目だっけ?すごい遠いよね。でも、気持ちはそこまで行ってますから、どうか冷めないように、その席なりの楽しさをみつけてください。で、この広い会場がひとつになるには、やはり一緒に歌うしかないな、と。で・・・何がいいかなと思ったんだけど・・・この歌、知ってるかな」

19のままさ
そう言って始まったイントロは・・・「19のままさ」だった!昨日の「AMERICA」と同じように、1番だけ歌ってエンディングへ。「これは、今日も期待できるかも!」

「OK!今のは、発声練習。次の曲も、一緒に歌ってほしい。」
(そう言って、ボロンボロンとギターを奏でる)
「昨日、久しぶりに広島カープが勝ちました。」
(客席は大歓声。僕は「そうか、この曲があったか」と思った。コンサート開演前に何人かの人に「昨日、広島は勝ったのかな?」って聞いたんだけど、みんなコンサートに来てたから知らなくて(笑)もし勝ってたら、これもあるかな・・・とは思ってたんだけどね)
「・・・でも、あまり喜べないんだ。・・・巨人も勝ったんだよね(笑)」
(さすが東京、歓声が大きかった)
「僕は巨人は嫌いだけど、、松井選手は好きなんだよね。何年か前に横浜アリーナにコンサートを観に来てくれて。あと、清原選手もいいね。入団の時にいろいろあって、巨人との日本シリーズで(号泣するマネをしながら)ファーストベースを守ってたのを見ると、いいなぁと思った。・・・ここ、東京だよね?巨人ファンって、どのくらいいるの?」
(かなり大きな拍手。僕は、間違っても「近鉄ファンは?」とは聞かないだろうなぁ・・・と思いつつ、拍手を横目で見てました)
「・・・どこがいいの?(笑)あんな、お金ばっかり使ってさあ・・・。だって広島は、1500万円で球団を経営してるんだよ。市民の力で。じゃあ、広島ファンはどのくらいいる?」
(これまた、なかなか大きな拍手。「省吾が好きだから、広島が好き」ってファンもけっこういるみたいだしね)
「もう何やるか、わかったよね?」
(そう言うと、ギターを弾き始めました)
「久しぶりに、ウェーブなんかもやってみる?」
(大きな歓声。ギターのイントロが進むと、ピアノの小島さんとキーボードの福田さんが舞台袖から飛び出して来て所定の位置につき、演奏が重なっていく)

BASEBALL KID'S ROCK
「ON THE ROAD 2001」が始まった頃はバンドスタイルで演奏していたこの曲だが、今ではキーボード、ピアノとの演奏スタイルに変わっている。今のバージョンを聞くのは、僕は始めてだった。率直な感想を言うと、やっぱりこの曲はバンドスタイルの方がいいなぁと思った。座りながら聞く曲ではないよね、やっぱり(笑)何度も何度も繰り返されたウェーブは、かなりバラバラだったみたいです。
(歌い終わって、小島さんと福田さんは再びバック・ステージへ)
「なかなか見事な、まとまった、バラバラなウェーブでした(笑)」

「このツアーは1998年の4月に始まったんだけど、今日で150回目を迎えました。1つのツアーで148回やったこともあるんだけど、あの頃は1年でそれをやってたんだよね。今の浜田にそれを求められても、無理です(笑)150回・・・素晴らしいよね(笑)」
(目頭をおさえ、すすり泣くようなアクション)
「150回、全国いろんなところに行きました。北は稚内、根室、南は沖縄、奄美大島。その日によってやる曲も違い・・・ときには一緒、話すことも違い・・・時には一緒。まぁ、いろんなことがあったんですが・・・ずっと変わらずやりつづけていることがあります。何にも意味なんてなくて、単に俺の興味本位でやりつづけていることなんだけど。俺のリスナーたちがどのように成長してるか、言いかえるとどう年をとってるか・・・それを聞いてます。みんな、年をとるんだから。ある日突然、君たちが俺の年を追い越すってことはないわけだから。一緒に年をとっていきたいと思ってます。名づけて、「ジェネレーション・アンケート」。まぁ、国政調査みたいなもんだと思って、自意識を棄てて答えてください(笑)
じゃ・・・まず、10歳未満の人!」

(「はーい!」という、どう聞いても10歳未満じゃない男性の声)
「・・・正直に答えてね(笑)もう一回、10歳未満の人!」
(シーン)
「お父さんかお母さんと来たのかな・・・?いい子に育ちなさいね。浜田からのお願いです(笑)
じゃ、10代の子は?」

(パチパチ・・・)
「5000人いて・・・10代が、7、8人。これじゃ、『カウントダウンTV』の上位には出てこないよね(笑)でも、この僅かな10代の、素晴らしい音楽的センスに拍手」
(客席、拍手)
「OK。じゃあ、20代は?」
(ワーツ!という歓声と拍手。全体の2割前後?)
「20代、いいよねぇ。激しい運動しても、肉離れになったりしないよね(笑)
じゃあ、30代は?」

(圧倒的な拍手!全体の8割以上?省吾も、ちょっと驚いた様子)
「だいたいどこの会場でも20代と30代が半々なんだけど、東京は30代が元気だね。なんでそんなに元気なの?(笑)失われた10年といわれた90年代のあおりを一番受けているのは、30代のみんなだと思います。現場で、大変なんじゃない?今日、働いてから来たって人は?」
(かなり多い拍手)
「そんなみんなのために、今夜のステージはあります。どうぞ楽しんでください。
じゃあ、俺と同世代の40代は?」

(わずかな拍手)
「俺たち、まだまだ先はあるけど・・・災難は突然おそってきます。運動の前に、ストレッチは必ずやるようにね(笑)
じゃあ、50代の方っていますか?」

(何人かが拍手)
「まだまだスローな曲が続きますから、ゆっくり座っていてください(笑)
じゃあ・・・60代以上の方って、いますか?」

(2階席で、1人が拍手。客席は「オオーッ」という声と拍手)
「ありがとうございます。ようこそいらっしゃいました。・・・おいくつですか・・・」
(女性の声が「還暦ー!」客席はどよめきと拍手)
「どうもありがとうございます。この支持層の広さが、浜田の誇りです」

二人の夏
「俺は愛奴っていうバンドでドラマーでデヒューしたんだけど、初めて作った曲は、夏の暑い日に、四畳半の下宿で作ったのね。すごく熱い日で、「うぃーっ、あぢぃー」(暑そうなアクションをしながら)って言ってて。「何か、涼しくなるような曲を作ろう」と。そんなふうにして出来たのが、「二人の夏」っていう曲です。当時、すごく評判がよくてね。100万枚ぐらい売れるんじゃないかって言われてたんだけど、結局1万枚も売れなくて(笑)今日はその曲を、長年の相棒の町支君と一緒に歌います。町支寛二君!」
(町支さんが舞台袖から登場。省吾の横に置かれた椅子に、並んで腰掛ける)
「町支君がスタジオで、アカペラのコーラスを作ってくれて。それをバックに歌います。ビーチボーイズのマネっこみたいな曲なんだけど、俺たちは今でもこの曲を、深く、深く愛しています」(最後のほうは、なぜか小声で)

そう言って歌が始まりました。いつものように、途中からストリングスが入って来てとてもゴージャスな感じ。まさに、浜田省吾流のビーチ・サウンドだなぁと思いました。

(歌い終わって、町支さんが一度舞台袖に下がり、あらためてミュージシャンたちが登場)
「2年半も旅をしてると、いろんなことがあって。「ロサンゼルスフリーウェイ虹物語」や、昨日も話した「スピード違反三連発物語」など。全部やっていると、まるで寄席みたいになってしまうんですが(笑)
あ、今日、生まれて初めて浜田省吾のコンサートに来たって人、どのくらいいる?」

(何人かの拍手と歓声)
「もう20何年ツアーやってるのに、初めて来たの?(笑)・・・はじめまして、浜田です。こんなヤツです。どう?イメージ通りだった?浜田省吾ってもっと・・・こう、シリアスで暗くて・・・っていうイメージがあったと思うんだけど。こんなに喋るとは思わなかったでしょう(笑)・・・喋るんです(笑)7月から8月にかけて、バイオリズムが上がってきてるみたいなんだよね。スタッフからも、「しゃべりが長すぎて終演後食べに行くところがない」って言われてるんだけど(笑)まぁ今日は、ホーム・パーティみたいな感じで、リラックスしてください。飲み物も何も出ないんだけど。チケット代は、会費だと思って(笑)

風を感じて
じゃあ今日は、究極。「黒磯ヒフク筋断裂物語」。長野の公演で・・・あ、その日の帰りが昨日話した「スピード違反物語」になるんだけどね。それは割愛。長野の公演で、「カモーン、茂(ベースの岡澤さん)!」って思いっきりジャンプしたとき、「あ、痛めたかな」と思ったのね。だけどその日は何もなくて、東北の公演も無事に終わって。そして、迎えた黒磯。2曲目でね、足でふんばったとき、「バチンッ!」って聞こえたのね。この、大音響のステージで。たぶん、身体の中を通って聞こえた音なんだろうね。その後はマイクスタンドによりかかりながら、こんなんなって(アクションをまじえながら)片足を浮かしながら歌ってたんだけど。その日は、きっと変な格好で歌ってただろうね。・・・あっ、そんなにシリアスに聞かないで。今日見てもらって分かる通り、もう大丈夫だから。真ん中のムービーで休憩になったときに、スタッフと緊急に打ち合わせをして。最後まで出来るだろうか、それとも中止にしたほうがいいのかって。でも、それまで盛り上がってた雰囲気ってのもあるし、なんとか出来そうだから、最後までやってみようと。で、最後までなんとかやったんだけど。そのあと、すぐに病院に行って。生まれて初めて、車椅子なんかにも乗って。そしたらそこの病院が・・・また、いい病院でねぇ(笑)医者があっさり、「あ、切れてますね。全治三ヶ月です」って。頭の中が、一瞬で真っ白になったね。「ガァーン!」って感じで。この後のスケジュールはどうするんだろう?とか。医者は、これくらいの怪我はいくらでも見てるから、怪我のうちに入らないみたいなんだけどね。それでわざわざ車椅子なんか乗っちゃって(笑)それで、人が暗くなって帰ろうとしてるのに、看護婦さんが「サインください」って(笑)サインして帰ろうとしたら、「頑張ってくださいねー」って(笑)頑張れないってーの(笑)いやー、いい病院でした・・・(笑)
その時期が、他に全くネタがなかったのか・・・なんとそれが、スポーツ新聞に載ったみたいなのね。この、メディアと全くと言っていいほど関わりを持たない浜田省吾にとって、それはとても画期的なことでした。そしたら、いろんなところから友達が電話くれてねぇ。イタリアとか・・・札幌の高木選手(Jリーグのコンサドーレ札幌)とか。それで、テレビでも映ってたらしいのね。俺は見てないんだけど。そしたら友達が電話で
「浜田。お前、テレビのバックでかかってた曲・・・「風を感じて」だったぞ」って(笑)20年前の曲だよ?(笑)メディアニとって俺の代表曲は、今だにあの曲なのかなぁ・・・」

そう言って、突然ギターを弾き始める省吾。これは・・・その「風を感じて」だ!客席は大合唱。1番だけの演奏だったけど、とてもお得なオマケでした。演奏が終わると、
「以上、「ヒフク筋断裂物語」でした」
って。あの曲は、話のオチなのか(笑)

我が心のマリア
「じゃあ、素晴らしいミュージシャンたちも戻って来てくれたことだし、一緒に演奏します。最初の曲は、1995年の冬に作った曲で、もうひとつは『イルミネーション』っていう古いアルバムからです」
僕がこの曲を聞くのは、去年の春の松本以来。小島さんのピアノのゴスペルチックな前奏のあとに、省吾のアカペラで始まる。前に聞いたときよりも、さらに磨きがかかっていたように思う。このバンドは、やっぱりすごいミュージシャンたちばかりなんだね。見れば見るほど、どんどん良くなっていくんだもんね。全身が身震いしてしまうほど、感動しました。僕にとって、この日一番よかった曲のひとつです。

片想い
立って歌ってたような気がします。前の曲の余韻が大きすぎて、あまり覚えてないです。

「ステージをやってていちばん幸せなことは、こんなに素晴らしいミュージシャンの演奏で歌えることです。今までのコンサートツアーってのは、男ばっかりのメンバーで回ってたんだけど。今回、ツアーを始めるにあたって女性ミュージシャンが参加するということで、最初はちょっと心配してたんです。うまくコミニュケーションがとれるかなぁ、とか。でも彼女たちが加わって、バンドに品というか・・・風格が備わった気がします。」
そう言って、ストリングスの4人とキーボードの福田さんの紹介をしました。今日も「福田先生の講義」はなかったです。あれ、けっこう楽しみにしてたんだけどなぁ。そのかわり、省吾のMCがいっぱい聞けたからいいんだけど。

少年の心
「次の曲は、『誰がために鐘は鳴る』というアルバムからの曲で、海辺を二人でドライブするっていう歌です」
そんな感じのMCから始まったこの曲。富山でも一度聞いているけど、あの時はあまり覚えてなくて。今日はじっくりと聞くことが出来ました。最初の1番と、途中からと、演奏がガラッと変わるんだよね。最初は、静かな感じ。ドラムとベースがなくて、すごくアコースティックな感じ。ベースの岡澤さんが、ずっと拍子木みたいのをカチン、カチンとやってたのが妙に気になった(笑)
途中からはドラムとかベースも加わって、すごく重厚なサウンドに。一番最後の「You are the best friend, in my life」という歌詞の前のギタープレイは省吾が弾いてるんだけど、「上手いなぁ」と思ったり。見所が多くて、どこを見ればいいのかわからないような感じでした。
演奏の終わりとともにスクリーンが降りていくんだけど、なんか・・・すごく寂しかったです。アコースティックコーナーを見るのは、もう、これで終わりになってしまうから・・・。1年は、長い。

CONCERT FILM 「MARIA〜La ayudantita de dios〜」
このムービーのテーマは、「癒し」。前作『MIDNIGHT CAB』で「帰るべき場所」を探していた旅人は、更なる地で旅することの答えを探しているように思う。そこで出会った人々との束の間の安らぎは、優しいメロディとともに旅人の心を癒してくれる。そして、また新たな地へと旅だって行く・・・。
少女は旅人に話す。「いつか誰かと出会って、もしかしたら恋におちて。だけど、本当に一番望むのは、まだよくわからないけど・・・人のために何かが出来るような、神様のお手伝いさんのような、そんな人になりたいって思う」と。
終わりなき旅の途上で、数々の出会いの中で、何に癒され、何を探していくのか。その答えは人それぞれだけど、一期一会の出会いって奇跡だと思うし、その関係を大切にしていきたいと思う。すごく奥の深いテーマだと思う。
コンサートで見るだけでは惜しい映像だと思う。ぜひビデオにも入れて欲しいなあ。

客席の5000人、それぞれの思いが行き交いながら、幕は再び開く。

東京
今日もこの曲で始まった!これで、結局東京の4days(NHKホール2days、国際フォーラム2days)はすべてこの曲だったということになる。そりゃもちろん「東京」そのものだしね。昨日聞いて、そのカッコよさに感激しただけに、もう一度聞けて嬉しかった。

BIG BOY BLUES
八月の歌

後半も圧倒的なノリとパワーでステージはすすんでいく。この、俗に言う「野外メドレー」はものすごく盛り上がる。特に「八月の歌」。サビの大合唱はものすごい迫力だ。表現が乏しくなっちゃうけど・・・あまり覚えてないんです(笑)

・・・to be "Kissin' you"
昨日に引き続き、サビのところでステージを撃ち抜いている人が多かった。僕もその一人だったんだけど。

MONEY
いつも思うんだけど、2番の歌詞。
「愛してる愛してるもっともっと」
っていうところ。あれ、省吾は「Hey!ladyies!」って言ってるわけだし・・・男が叫ぶのは、ナンセンスだと思うなぁ。もちろん僕は、その時は黙ってるよ。でも、どこの会場でも必ず男の声が混ざってるんだよなぁ(笑)昔は男女ともに叫んでたらしいから、その名残なのかもしれないけど。

J.BOY
もしかしたら、今日一番感慨深かった曲といったらこれかもしれない。
今まで何度も聞いてきたこの曲。それだけに、イントロが始まった瞬間、昨日も、そして今日も一度も流すことのなかった涙が、あふれてきて、止まらなくなってしまった。
コンサートが進んでいる、それはすなわち終わる時間が近づいているということ。コンサートの前半では、「それよりも今の時間を楽しもう」と思うことが出来た。だけど、あと2曲。あと、たった2曲しかない(僕は、アンコールは別物だと思ってる。本編が、コンサートというものだと思ってるから)。あと2曲歌い終わったら、1年間会えない。省吾の姿を直接見ることもないし、一緒に熱い時間を共有することもない。2年間、一緒に走りつづけてきた。コンサートに参加し、声をからして歌うこともあれば、家で曲順をみながら想像するだけの日々もあった。その時間が、あと2曲で終わってしまう。
ステージの上では、ミュージシャンがいつもと同じように最高のステージプレイを見せてくれている。もう終わってしまうという寂しさで、胸が苦しかった。涙はずっと止まらない。悲しくて、寂しくて、手拍子をすることも、できなくなってしまった。歌うことも、できなくなってしまった。ただ、今目の前で繰り広げられている光景を、心の中に焼きつけておこう。1年たって再会するまでずっと頑張れるように、ずっと忘れないように、心に焼きつけておこう。
2番のあとの間奏のあたりから、ようやく歓声に参加することができるようになった。だけど、涙はずっと止まらなかった。こんなに素晴らしい、感動できる時間が他にあるだろうか。この時間を、どうして1年間も体験できないの?悲しかったけど、声の限りに叫んだ。泣き声だったけど、必死に歌った。
浜田省吾という存在が、その与えてくれる時間が、僕にとってかけがえのない大切なものだとあらためて感じた。
1年、頑張って待とう。またこの素晴らしい感動を味わえるように、頑張ろう。
涙はいつしか乾いて、熱い思いが僕の胸の中をかけめぐっていた。

日はまた昇る
「J.BOY」の感動をそのまま続けて味わうことが出来た。久しぶりに聞くけど、すごく優しい曲だなぁと思った。

荒野にひとり君は立ってる
行く道は幾つもある
だけど たどりつくべき場所は きっとただ ひとつだけ

どの道を歩いて行こうと
君は君の その人生を 受け入れて楽しむ他ない
最後には 笑えるように

浜田省吾というアーティストの音楽と出会うことが出来て、本当に幸せだと思う。
その音楽とともに成長し、ともに生きていけることはすごく幸せだと思う。
「俺たちの音楽の旅は、まだまだ続きます。そして、俺たちの人生の旅も、まだまだ続きます。みんなの人生の旅も、まだまだ続きます。またどこかで、今日会えたみんな一人残らず、再会できる日を楽しみにしています。それまでどうか頑張って!今夜はどうもありがとう!」
浜田省吾というアーティストのことが、もっと好きになった。

(ENCORE)

IN THE STILL OF THE NIGHT
演奏旅行

昨日に引き続き「演奏旅行」。「IN THE STILL OF THE NIGHT」は聴けてすごくラッキーだなぁと思った。

(ENCORE)

悲しみの岸辺
土曜の夜と日曜の朝
恋は魔法さ

アンコールの感想は、あまりないです。
本編の最後で、燃え尽きてた感があります。

(ENCORE)

MIDNIGHT BLUE TRAIN
省吾がギターとハーモニカを持って登場。「これは、もしや・・・」と思ったけど、ストリングの4人も一緒に出てきた。「なんだろう?」と思ったときに省吾がギターを試し弾きした。「このコードは、間違いない」と思った。
一昨年、輪島で聴いて以来、2度目。ツアーファイナルなど、滅多に聴けない曲のため、ファンなら誰もが聴きたいと願う曲。

カーテンコール ステージライト・・・

歌いだすと、ドヨメキが起こる。そして、大合唱。
僕自身、輪島のときはものすごい感動を持って聴いていたんだけど、この日はなんだか虚ろだった。それだけ、本編のラストで感情があふれきっていたからなのだろう。ストリングスがどうかみあっていったのか、あまり覚えていない。
ひとつ覚えているのは、サビのところが今までは「ミッナイブルートレイン」と歌ってると思っていたんだけど、どちらかといえば「ミドナイブルートレイン」に近いんだなぁ・・・と思ったこと。

最後はひとつになって、大合唱で終わった。まさに、フィナーレ。
東京の、そして僕自身のホールコンサート参加の、ラストを飾るにふさわしい曲だなぁと思った。

コンサートホールを後にしたとき、「浜田省吾のファンで本当に良かった」とあらためて思った。


これで、僕のホールコンサートツアー参加はすべて終了。
何度か書いてきたコンサートレポートも、一応これで完結編ということになります。

来年秋スタートのアリーナコンサートにもぜひ参加したいし、その時には、レポートもまた書けたらいいなぁと思ってます。


この夜のお気に入り
「我が心のマリア」、「J.BOY」、「日はまた昇る」