2020/1/18(日) ロームシアター京都 メインホール

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REPORTER/さにー
3年連続の開催となったファンクラブイベント。
今回は1980年代前半がテーマ。
『HOME BOUND』、『愛の世代の前に』、『PROMISED LAND』…
1980年代前半にリリースされた3枚のアルバムからの選曲です。

基本的な感想は1度目に観た富山のライブと重複しますので
その補足版としてのミニレポートです。

<全体的な感想>

僕にとって、かなり思い入れのある街・京都でのライブ。
ものすごく期待度が高かったんですが、席が…。
一次申し込みでの当選だったのですが、前後は良かったんだけどね。ただし、一番左。
左側は壁と通路で、前は5人ほどしかいない、ステージには近い席だったんですが
スピーカーの真ん前だったんです。そのせいか、なんか音が悪くて。
爆音はもちろんのこと、なんだか音がこもるというか、楽器とのバランスが悪くて、ちょっと疲れました。
隣で観てた奥さんも同じ感想だったので、そのあたりの人はみんなそう感じたのか、どうか…
ただ、ほぼ真横からの視点は新鮮で面白かった。

省吾はずっと右横顔を観てた感じでしたが、そっちの角度からはギターを弾いてるのもよく見えるし。
町支さんや古村さんが目の前だったので、さかんにこちらに気を配ってたくれてたのもわかったしね。
富山の時はお休みしていたユキノさんも無事に復活されていて、コーラス隊もよく見えて良かった。
ステージのセットも、横から見るとこんな感じなのかぁ、とね。
左側に建ってたビルの非常階段のハシゴは、絵じゃなくて、実際に取り付けられていて立体感があったし。
そんなとこばっか見てましたね(笑)

ちょっと期待してたのと違うと思ったのは、MCの少なさかな。
一緒に参加してた友達も「今日、なんか省吾あせってた?」みたいに言ってたし
全体的にキビキビと、よく言えば無駄がなく、悪く言えば遊びがないように感じました。
富山の時には言ってた「清岡さんが避難所に行ったら断られた」話とか、
他の会場ではいろいろ話がふくらんでたという「初めて買った車の話」とか。

そして何より、省吾自身にとって思い入れのあるはずの京都についてる話がほとんどなかった。
最後のアンコールの時に、家出をしてきて京都に来たことと、
バックバンドで初めてのプロデビューがここの会場(当時は京都会館)だったことを
サラッと話してたけど、もっと盛り上がっていろいろ話してほしかったなぁ。

ただ、そんなふうに感じたのは僕の個人的な感想なので
ライブ自体はもちろん素晴らしかったし、感動されている方も多いと思うので
その意見を否定するものではありませんので、ご了承ください。

<会場>

京都は、僕にとって、すごく思い入れのある街です。
4年間住んでいたのもあるし、いろいろとね。

もともとここには京都会館というホールがあったんだけど、長い改修を経て2016年1月に
「ロームシアター」として生まれ変わりました。
住んでいた4年間の間に改修が終わり、期待してたんだけど、省吾のライブは残念ながら観られず。
「京都市消防音楽隊演奏会」のコンサートで一度来ただけでした。

会場の裏手にあるこのモニュメント、ちょっと見落としがちですが
浜田さん本人がここの前で撮られた写真が、会報214号の14ページに載っています。
引っ張り出して、比較してみてくださいね。

館内に入ると、様々なところにインフォメーションが。
こういうのって、なんだか嬉しいですよね(笑)

バージョン違い。
大ホールの他に小ホールもあるんですが、今日は貸し切りみたいです。

会場入り口では、グッズが販売されていて、フォトパネルと、ネオンが置かれていました。

このネオン、開演前は「WELCOME」ですが…

終演後は「THANK YOU」になっていました。
右のネオンは、撮影のタイミングで赤にもピンクにも見えますね。
ライブのステージでも、ステージの左側に置いてあって、僕の目の前のあたりにありました。
(ライブ中は消灯されていて、休憩の時に再点灯されていました)

<ライブ前半>

基本的な流れは、重複しますので割愛させていただきます。
詳細は富山のライブレポートをご参照ください。
いくつか、その補足を。

A HAPPY NEW YEAR

最初の数曲が終わったところで、客席から「あけましておめでとー!」の声。
それに応えて。

あけましておめでとう。今年もよろしく。
2020年初めてのステージを、この京都ロームシアターでやることができて、すごく嬉しいです。
最後まで、どうかよろしく。

「どこから来たの」調査

富山の時は「今日はどこから来てくれたのかな?」という調査があったけど
この日はそういうのはなかったです。前半はけっこう淡々と進行していた気がしました。

ユキノさん復活

富山の時はお休みされていた、コーラスの中嶋ユキノさん。
メンバーが一人欠けても、それを感じさせないぐらい他のメンバーがフォローして素晴らしいライブを魅せてくれました。
だけどやっぱり、一人欠けているというのはすごく気になってて。
メンバーが目指す完成形から、やっぱり欠けたものになるだろうしね。
その分今日は、ユキノさんとか、竹内さん、町支さんのコーラスも意識して聞いてみました。
やっぱり混声の4人で歌うのは、厚みが違う気がしました。
最初で「音がイマイチだった」と書いたけど、それぞれの楽器の音、歌なんかはわりとよく聞こえてて。
ただ、バランスが悪かった気がしただけで…
だから、コーラス一人の音を意識して探すと、その音はよく聞こえました。
高音のパートが綺麗に聞こえてきましたよ。

初めて買った車物語

僕が今回のツアーで参加したのは、富山と京都の2回。
他の会場に行った方の感想を聞くと、「DJお願い!〜バックシートラブ」の前に
「初めて買った車の話」をしていたようです。
ある会場では、町支さんが初めて買った車。別のある会場では、小田原さんが買った車。
京都初日のステージでは、富山の時と同じく、省吾本人が買った車の話でした。
「初めて買ったのは、真っ白なメルセデスベンツ」という小ボケを含めてね(笑)
最初に悩んだのは、カローラとシビック、だったかな?

車の映像

「バックシートラブ」では背景のビルのセットに、車の映像が映されていたんだけど
赤だけじゃなく、黄色とか、青とか、いろんな色の車が映されていました。

<休憩>

休憩の間は、ずっと猫ラジオを観て(聞いて)いました。

上からスクリーンが降りてきて、それにこの映像が投影されているんですが
幕がユラユラしているので、猫の顔がものすごくユラユラしていました(笑)
ただでさえスイングしているので、さらにね。

あと、この絵ではグレーの猫がレコードを持っている位置がやや高めですが
実際にはもっと低い位置で持っていた…って、そんな訂正は、どうでもいいですか?(笑)

<ライブ後半>

低いスタンド

後半は「丘の上の愛」の弾き語りでスタート。
近くで見ると、やっぱりスタンドは低め。
ヴォーカル用のマイクと、アコギの音を拾うためのマイクが設置されていました。
でも、ギターの音はシールドがついてたのでラインで拾ってるはずだけど…?
何かの記事で、ケーブルで拾う電気の音と、直接弦が鳴る生音とでは
やっぱり鳴りが違うと読んだ気がするけど、そういうことなのかも。

「あの頃いくつだった?」調査

「悲しみは雪のように」の大合唱が終わった後、ステージ転換の合間のMC。
富山の時は「1980年代前半、キミたちはいくつだった?」というような調査がありましたが
京都初日ではそれはなし。
アルバムを作って、ツアーをやって…の繰り返しだと、どうしてもライブの構成の内容に
合わないと思って外れてしまう曲がある。

というような内容のMCはありました。

防波堤の上

京都のライブの前に、12月の大阪のライブに参加していた友達から
「防波堤の上」の最後、CDと違うよね?CDのラストの方が好きなのに〜」という話を聞いた。
富山で観た時には全然気にならなかったので、今日はそこに注意して聞いてみました…。
あー、たしかに違うね。
CDでは、最後はエレキギターが唸ってフェイドアウトするんだけど…
ライブでは、最後は長田さんのアコギのアルペジオでフワ〜ンと終わる。
言われるまで、意識して聞くまで、全く気が付かなかったよ(笑)

 ※アルペジオ…分散和音のこと。ギターの弦は6本あるんだけど、様々な指の形で弦を押さえて
 ジャーン!と弾くのがコード(和音)の弾き方。それを弦1本ずつバラバラに弾く弾き方を言います。

OCEAN BEAUTY(Inst.)

この曲はやっぱりカッコイイー!
この曲を演奏している間、省吾はステージソデに下がっていたのかと思っていたんですが
センターマイクの後ろでずっと待機していました。
ライトが当てられていなかったので、富山の時は一度裏に下がってたのかと思ってたんですね。
ライトのあたらないところで、シャツを脱いで腰に巻いたり、準備していたみたいです。

マイホームタウン

セットがいつの間にか変わっていた感じですが、曲間に暗転したときに
コンビナートの部分のシルエット?のようなものが上から降りてきて
セットが変わったようになっていました。
このあたりの仕掛けもお見事!
会報ではよくサウンドについては触れられていますが、ライティングやステージの裏方さんが
どんな動きをしているのかも取り上げてほしいものです。

東京〜明日なき世代

この2曲の流れ、めちゃくちゃカッコイイ。
富山の時も思ったことですが、この2曲がこのライブの一番キモの部分かも。
富山の時はなんかモヤモヤといろいろ考えたりしていましたが、今日は素直に
「めちゃくちゃカッコええぇー!!」と思ってはじけていました(笑)

そこに夢中になりすぎて、前回見えなかった部分の電波塔みたいなセット。
今回は完全に忘れてて、観ていませんでした(笑)
帰りの車の中で気づいて、奥さんに確認したら
「一番上の方は終わりがなくて、そのまま天井につながってる感じだったよ」と教えてくれました。
レポーター失格ですね(笑)

凱旋門

背景スクリーンで流れるアニメーション映像。
あらためてじっくり観たんですが、すごく重いものですね。
とある街並みの風景。
四季は移ろい、夏が来て緑が輝き、秋に紅葉し、落葉した冬には雪で覆われて、春には新しい命が芽吹く。
まさに人の営みそのものが、街角の風景に投影されている。
そんな平和な街から、夕暮れの中、ヘリコプターで兵士たちが送り出されていく。
街並みは爆撃され、平和だった家々は炎に包まれ、瓦礫となっていく…。
しかしまた時は廻り、街並みには再び木々が息づく季節がやってくる…。

人はなぜ、悲しみから学ばないのか。
破壊や殺戮からは、何も生まれないことを。
このツアーでは演奏されなかったけど、「僕と彼女と週末に」にも通ずるテーマですね。

<アンコール>

今夜こそ

途中でメンバー紹介があるとわかってたはずなのに、盛大に「こーんやこそ!」
やらかしてしまいました(笑)
メンバー紹介、唐突すぎるよ(笑)

家路

演奏が終わり、メンバーがすべてバックステージに下がった後、一人アコギを持つ省吾。

皆さんもよ〜くご存知だと思うんですが…
1974年、オレはまだ21歳で、吉田拓郎さんのツアーのバックバンドのドラマーとして
初めてプロのステージに立ったのが、この京都でした。
今はもうなくなったけど、京都会館第一ホールは満員で。
まだバンドを組んだばかりで、オレはまだ100人とかの前でしかドラムを叩いたことがなかった。
それが急に、こんな大きなホールで…。
すごく緊張したのを覚えています。
そして、生まれ変わったこの京都ロームシアターで…
また、すごく思い出深いホールになりました。
今夜はどうもありがとう。

すごく嬉しそうに、かみしめながらギターを弾く姿が印象的でした。

旅はまだ続く

本編最後のところのMCだったかな。こんなことを言ってくれました。

今夜はどうもありがとう。
今回の旅で、1970年代、1980年代と、昔に作った曲たちを振り返ってみると
自分では忘れかけていたけど、箱の隅にひっそりと眠っていたような
自分ではすごく気に入っていた宝物を、あらためて見つけることができたような気がします。
"Journey of a Songwriter" since 1975と題したこの旅は、皆さんがよかったら
まだ続けるつもりです。続けてもいいですか?

会場は当然大きな歓声!

でもまた、ON THE ROADの旅もしたいし…
でもそれには、オレ自身もそうですが、皆さんも元気でいてくれないとね。
またどこかで、お会いできることを、楽しみにしています。

次に会えるのは、いつなんだろう…
今年の秋に、「PART-2」があるといいな。
それまでまた、元気で、頑張っていこう。

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