文藝歴譜タイトル

百田 尚樹 (1956.2.23−)
ひゃくた・なおき
1956(昭和31)年、大阪府出身。同志社大学中退。
大学卒業後、放送作家となり、『探偵!ナイトスクープ』や『大発見!恐怖の法則』などの番組の構成を手がける。
2006年の『永遠の0』で作家デビュー。
2009年の『ボックス!』が第30回吉川英治文学新人賞候補、第6回本屋大賞の5位に選出され、映画化もされた。

*読んだ著書*


永遠の0(ゼロ)
(2006年刊/太田出版)
映画化『永遠の0』(2013年日本)

永遠の0〔概要〕
「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、佐伯健太郎は死んだ祖父・宮部久蔵の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、ひとつの謎が浮かんでくる…。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

〔感想〕
ものすごく面白かったです。読んでいて、途中で何度か泣きそうになりました。ここ数年で読んだ小説の中で、最も面白い傑作でした。なかなか分厚い(文庫版で570ページ超)ので、なかなか読むのが大変ですが、一度その世界に取り込まれてしまうと、胸ぐらを掴まれて吊るし上げられ、思い切り地面に叩きつけられるような衝撃がありました。何度も言うけど、ものすごく面白かったです。
主人公の健太郎は、将来の不安に悩む26歳の青年。時間を持て余していたところへ、フリーライターの姉から「戦争で亡くなった祖父のことを調べて欲しい」と依頼される。「ゼロ戦に乗り、特攻で死んだらしい」としか情報はなく、当時の戦友を訪ねて祖父・宮部久蔵の姿を模索していく。ところが、最初に聞いた話は、勇ましい想像とはかけはなれた「卑怯者」。健太郎同様、読んでいる読者の側もちょっとゲンナリしてしまいながら、次なる証言を聞く。すると、少しずつ見方が変わっていき…という構成。「特攻で死んだ」という結論は最初に提示されてしまっているので、如何にしてその日までを生きたのか、というところがポイントになってくるわけです。次第に明かされていく、謎の人物・宮部の清冽な生き様…。戦争物の物語は数あれど、戦闘機乗りの真情を描いたものとてしは抜群の出来だと思います。もちろん、フィクションだからそこには作者なりの演出もあるわけだけど、それを加味してもすごく奥深い味わいがあると思います。最後のどんでん返しは予想 してなかったので、伏線の使い方といい、謎解きミステリーとしても面白いです。
僕はこれまで岩本徹三、西澤広義、坂井三郎、笹井醇一といったエースパイロットたちの名前も知らなかったけど、彼ら若者たちが、当時懸命に生きていた様子を想像すると、かなりグッとくるものがありますね。

評価/★★★★★


ボックス!
(2008年刊/太田出版)
映画化『ボックス!』(2010年日本)

〔概要〕
大阪で高校のアマチュアボクシング部に所属する鏑矢は、ボクサーとして天性の素質を持っていた。
一方、彼の幼なじみで進学科の優等生・木樽は、子どものころから腕力にはまったく自信がなかった。
だが、木樽は自分も鏑矢のように強くなりたいと願い、ボクシング部に入部して日々コツコツと努力を積み重ねていくのだった…。

〔感想〕
すごく面白かったです。大きいし、分厚いし、とても読み応えのある本だけど、飽きずに最後まで一気に読んでしまいました。
めきめきと強くなっていくユウキ、挫折と苦悩に揺れるカブ、二人の友情物語であると同時に、だんだんライバルになっていく展開にすごく熱くなりました。
主人公のユウキとカブ、耀子はそれぞれにキャラが立ってるけど、周りの登場人物も楽しい。
なかなか勝てないボクシング部の先輩たち、沢木監督、マネージャーの丸野。
みんながそれぞれ生き生きとしてるから、簡単に感情移入ができてしまうんですよね。
特に、先輩たち。悲願の一勝を目指して奮戦する姿は、耀子ならずとも応援したくなります。
また、ボクシングというある種閉鎖的な世界を紹介する案内人としての耀子の立場もありがたい存在です。
その分ちょっと説明的になってしまっているところもあるけどね。

評価/★★★★☆


影法師
(2010年刊/講談社)

〔概要〕
父の遺骸を前にして泣く自分に「武士の子なら泣くな」と怒鳴った幼い少年の姿。
作法も知らぬまま、ただ刀を合わせて刎頚の契りを交わした十四の秋。
それから時は流れ、竹馬の友・磯貝彦四郎の不遇の死を知った国家老・名倉彰蔵は、その死の真相を追う。
おまえに何が起きた。おまえは何をした。おれに何ができたのか…。

〔感想〕
面白かったです。舞台は江戸時代。茅島藩というのは架空の藩で、日本海が出てきたりするから、新潟あたりの設定なのかな。
身分の低い武士(下士)から家老までのし上がった名倉彰蔵(戸田勘一)が主人公なんだけど、その友・彦四郎が影の主役といってもいい感じ。
ストーリーはけっこうまっすぐで、モノローグ形式になっていく様子は『永遠の0』と同じ手法かな。
最後に明らかになる事実は、彰蔵にとってはあまりにつらい物語なんだけど、そうまでして「影」に徹した彦四郎の心のうちがちょっとわからないなぁ。
宮部久蔵は、「生き残ること=家族に再会すること」という目的があったけど、彦四郎は、なぜ上意討ちであんな行動に出たのか。
干潟の干拓にしても、彰蔵と二人で実現することもできたんじゃないかな。
そのあたりが少しぼんやりしてるけど、想像の余地を残してあるということかな?

評価/★★★★☆


海賊とよばれた男(上)
(2012年刊/講談社)

〔概要〕
「ならん、ひとりの馘首もならん!」
敗戦の夏、異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は、戦争でなにもかもを失い、残ったのは借金のみ。
そのうえ石油会社大手から排斥され売る油もない。しかし国岡商店は社員ひとりたりとも馘首せず、
旧海軍の残油集めなどで糊口をしのぎながら、たくましく再生していく。
20世紀の産業を興し、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とは−。
出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたノンフィクション・ノベル。

〔感想〕
すごく重厚な物語です。登場人物は仮名だけど、実在した人物たち。
史実に基づいて書かれたということですが、小説としてもすごく面白かったです。
国岡鐵造は一本、芯が通った人物で、戦後の日本が復興していくにあたって果たしたその役割はものすごく大きいことがうかがえました。
ほんの数十年前のことなのに、歴史をふりかえれば「本物の日本人」はいっぱいいるんですよね。下巻も気になります。

評価/★★★★☆


海賊とよばれた男(下)
(2012年刊/講談社)

〔概要〕
敗戦後、日本の石油エネルギーを牛耳ったのは、巨大国際石油資本「メジャー」たちだった。
日系石油会社はつぎつぎとメジャーに蹂躙される。
一方、世界一の埋蔵量を誇る油田をメジャーのひとつアングロ・イラニアン社(現BP社)に支配されていたイランは、
国有化を宣言したため国際的に孤立、経済封鎖で追いつめられる。
1953年春、極秘裏に一隻の日本のタンカーが神戸港を出港した−。
「日章丸事件」に材をとった、圧倒的感動の歴史経済小説、ここに完結。

〔感想〕
前作同様、重厚な物語でした。戦後、どんどん会社も大きくなり、国際資本と戦う「サムライ」の生き様は読み応えがありました。
だけど反面、どこか一直線すぎる気も。この物語のすべてを鵜呑みにしてしまうと、戦後日本の石油界にはほとんど人材なしに感じられるし、
国岡商店(出光)一社で日本の石油界を支えたように思える。本当にそうなんだろうか?
出光と同じように考えた人もたくさんいるだろうし、物語の中では描かれていない活躍をした人物もたぶんたくさんいるんだろう。
そういうところをすべて補完しきれないから、あえて仮名で書いているのかな。そういうふうに感じられました。
実在の人物をモデルにした伝奇小説だけど、そこにはきっと作者なりのアレンジとか創造もあるだろうし、すべてを正史として受け取るのは危険だよね。
だけどそういうことを置いておけば、とても面白い小説でした。
大事なことは、こういう本をキッカケにして、こういう人物がいたということを知ること、そういう事件があったことに興味を持ち、
その裏側を探ろうとする探究心をかきたてることだよね。
伝記物の小説や映画の優れたものはたくさんあるから、そういう物の見方をして接していきたいなと思います。

評価/★★★★☆


輝く夜
(2010年刊/講談社)
(『聖夜の贈り物』 2007年刊/太田出版の改題)

〔概要〕
幸せな空気溢れるクリスマスイブ。恵子は、7年間働いた会社からリストラされた。
さらに倒産の危機に瀕する弟になけなしの貯金まで渡してしまう。
「高望みなんてしない、平凡な幸せが欲しいだけなのに」。
それでも困っている人を放っておけない恵子は、1人の男性を助けようとするが―。
5編の泣ける奇蹟。

  1. 魔法の万年筆
  2. ケーキ
  3. タクシー
  4. サンタクロース

〔感想〕
京都駅で特急から新幹線に乗り換えるわずかのタイミングでパッと手に取った本を買ったのがこの作品でした。
クリスマスイブの夜をひとりですごす女性を主人公にした5本の短編集ですが、他の百田作品ほどの重量感がなく、サクッと読めてしまいました。
どれもどこかで聞いたことのあるようなベタなストーリーばかりだけど、そこにつっこむのは野暮な気がしますね。
聖夜ならではの魔法というか、ひとときのファンタジーを感じられる小品たちばかりです。
最初の「魔法の万年筆」が一番好きかな。

評価/★★★☆☆


野良犬の値段
(2020年刊/幻冬舎)

〔概要〕
突如としてネット上に現れた、謎の「誘拐サイト」。
<私たちが誘拐したのは以下の人物です>
という文言とともにサイトで公開されたのは、6人のみすぼらしい男たちの名前と顔写真だった。
果たしてこれは事件なのかイタズラなのか。そして写真の男たちは何者なのか。
半信半疑の警察、メディア、ネット住民たちを尻目に、誘拐サイトは“驚くべき相手”に身代金を要求する―。
前代未聞の「劇場型」誘拐事件が、日本社会に“命の価値”を問いかける。

〔感想〕
かなり分厚いんだけど、すごく面白かったです。
普通の誘拐事件は、家庭の子どもだったり、企業の社長や役員だったり、その人間の価値に紐づく相手に身代金を要求する。だけどこの事件では、誘拐されたのは無名のホームレス、身代金の要求相手は大手メディア。一銭たりとも支払う義務のない関係性と思われたものの、世論の動きによって無言の圧力がかけられていく…。
よく練られた構想だし、この作者ならではのメディア関連の知識がふんだんに盛り込まれていて面白かった。かなり思想的ではあるけど、第三者の命の価値ってやっぱり重くなったりも軽くなったりもするものなんだろうね。
最後はちょっと意外なラストだったけど、とても痛快でした。
テレビ局や新聞社の欺瞞を暴いてケンカを売ってるので、映画化は無理という評判です。たしかに。

評価/★★★★☆